「文芸のプロ」が"第169回芥川賞"を独自採点・予想 「現代文学を新しく切り拓く」作品誕生となるか

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次の候補作は、市川沙央「ハンチバック」(『文學界』5月号)である。

市川沙央「ハンチバック」(『文學界』5月号)

1979年生まれ。候補作は、今年の文學界新人賞受賞作でデビュー作

同誌の著者プロフィールには、「早稲田大学人間科学部eスクール人間環境科学科卒業。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者」とある。

今回の候補作中、最大の問題作

「紗花(しゃか)」のハンドルネームをもつ重度障害者「井沢釈華」は、「せむし(ハンチバック)の怪物」を自認するTL(ティーンズラブ)小説の書き手でもある。

両親から億単位の遺産と看護・介護付きグループホームを残されたヒロインの切実な願いは、望み少ない「人間になれるチャンス」をつかむこと。

彼女は「人生の真似事」として、「産むことは出来ずとも、堕ろすところまでは追い付きたかった」。〈生まれ変わったら高級娼婦になりたい〉とさえツイートするのは、「清い人生を自虐する代わりに吐いた思いつきの夢」だった。

ただ本作が「問題作」であるのは、こうした衝撃的な作品設定のためばかりではない。

語り手は、新人賞選考委員を含む全読者を呪詛するかのように、「本好き」たちの無知と傲慢を諫めているからだ。本を両手で押さえて没頭する読書は、ほかのどんな行為よりも背骨に負荷をかけるため、彼女は「紙の本」を憎み、読書文化のマチズモを憎んでいる。

新人賞選評で5人の選考委員は、一様に本作を絶賛しながら、全会一致で作品のラストの詰めの甘さを指摘している。おそらく作品の構成上の破綻、あるいは物語的な整合性のうえでの難点を指摘したもの。

受賞決定後、雑誌発表のために作者が部分的書き直しを行うことは珍しくない。ある場合には、選考委員の意向を編集者が伝え、書き直しを促すこともある。今回のケースがどうだったのかは知るよしもない。

ただし、「釈華が人間であるために殺したがった子を、いつか/いますぐ私は孕むだろう」という、最後の一節は、評者にはこれで十分と思われるのだが。

作者はこの作品で、現代文学の新しいジャンルを切り拓いた。それを率直に、言祝ごうではないか。大本命、間違いなし

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