「パワードスーツ」の前に防衛省がすべきこと 新たに開発する必要がない理由<下>

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対して民間の作業用のパワードスーツはコストが安い。パナソニックの子会社のベンチャー企業、アクティブリンク社は本年から軽作業向けのパワードスーツ「パワーローダー(TM)ライトPLL-04忍者」を物流や検査用の作業支援として発売する。人力と併せて30キログラムの荷物をハンドリングでき(スーツ自体のアシスト力は15キログラム)、時速4~12キロメートルで移動が可能で、バッテリーの稼働時間は2時間程度だ。価格は約50万円を想定しているという。

たとえば後方の兵站基地、前線あるいは前線近くのデポ、PKOなどでの貨物の積み下ろしなどの作業用などにこれらを導入すれば。歩兵戦闘の過酷な環境下での使用も考慮する必要もなく、また充電も容易な環境で使用されるだろう。

仮に通常10名の兵士で行う作業がパワードスーツ導入によって5名に減れば、人件費の大幅な削減と兵站の負担の軽減に大きく貢献できる。また同様に牽引式の榴弾砲や120ミリ迫撃砲など装填や弾薬運搬用にも有用だ。通常155ミリ榴弾砲では8~9名のクルーが必要だが、それをパワードスーツ導入によって、たとえば2~3名減らすことができれば砲兵部隊にとって大きなメリットがあるだろう。

特に前線や前線近くの砲兵や兵站部門の人員を削減できれば、彼らに必要な食料や飲料水やシャワーなどの水、宿営地などが削減できる。前線までのサプライチェーンを維持するためには兵站にも兵站が必要なのだ。だがパワードスーツの導入によって最前線及び中間の兵站負担は大幅に削減できる。またPKOなどの本国を遠く離れた作戦における兵站のコンパクト化が可能となり、派遣費用を大きく削減できるだろう。

これは兵站を強化する上で、極めて大きなメリットだ。また人件費の削減にもつながり、その経済効果も大きい。人件費が防衛費の約4割を占めるわが国では魅力的だろう。浮いた人件費分予算を減らすか、別な予算に使うことができる。あるいは浮いた人員を別な任務に振り向けることもできる。つまりパワードスーツ導入によって目に見えるメリットを得ることが可能だ。

民間製品を活用するメリットは大きい

産業ユースを意識したFORTIS Exoskeleton(写真提供:ロッキード・マーチン)

同様に基地内での車輌や艦艇などの整備や補修などにも有用だ。

実際にロッキード・マーチンは先述の戦闘用のHULCではなく、より産業ユースを意識したFORTIS Exoskeleton(フォルティス・エクスケルトン)を米海軍が艦艇のメンテナンス作業用に提案、2014年度に評価用として少数の導入が決定されている。

自衛隊が兵站用などで民間用の大量に採用されれば、市場が拡大し、生産効率が上がって調達単価がより下がり、民間市場でもより入手しやすい価格になるだろう。たとえば自衛隊の採用で市場が2~3倍になればメーカーの売り上げは大きく伸びるだろうし、生産が増えれば価格はさらに下がり、より普及が進む。そうなれば国内のパワードスーツメーカーにとっては追い風となり、さらなる開発が加速して国際競争力もあがるだろう。

当然ながら諸外国の軍隊でも採用が始まれば市場はさらに拡大する。このような用途であれば、たとえ軍隊向けに輸出しても民間用のトラックなどと同じ汎用品であり、武器の対象外であるので、武器輸出に対する規制を受けない。実際多くの軍隊ではトヨタや日産のバンなどを多用しているが、これらは民生品そのままが使用されているし、武器として調達されているわけでもない。

戦闘用のパワードスーツを開発するのは、このような民間あるいは兵站用のパワードスーツの成熟を待ってからでも遅くはないだろうし、効率もいいだろう。自衛隊は単に消費するだけで、何ら金銭的なバリューを生み出す組織ではない。であればその組織を新しい産業のためのスプリングボードに利用することは検討すべきだろう。何より自衛隊の兵站分野は貧弱であり、この部分の強化にもなる。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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