医療崩壊の瀬戸際から脱却したいわき市、反面で長期化する医療支援--東日本大震災、その時自治体は《2》

医療崩壊の瀬戸際から脱却したいわき市、反面で長期化する医療支援--東日本大震災、その時自治体は《2》

福島県の南東端に位置するいわき市。福島第一原子力発電所の爆発事故に際し、市内の一部地域が「屋内退避区域」(原発から20~30キロメートルの範囲)に指定されたことを機に、「いわき市全体が危ない」と不安が広がった。首都圏など市外へと脱出する市民が相次ぎ、運送会社がいわき市に物資を運ぶのを拒否する事態も発生。残った市民は孤立感を深めた。そうした中で、住民生活の最後の砦である医療機関はどのような役割を果たしたのか。いわき市内の医療関係者への取材を元に、東日本大震災発生からの「1カ月」を検証した。

「福島第一原発で立て続けに水素爆発を起きたことをきっかけに、約650人いた入院患者は県外への搬送により約270人まで減少。それとともに、病院職員の数も一時、震災前の6割前後に減った。職員数は大地震から1週間後の3月18日時点が最少で、このときが病院運営にとっていちばん厳しかった」

 東洋経済記者の取材に応じた樋渡信夫・いわき市立総合磐城共立病院院長(写真)はこう振り返った。

3月18日当時、一部の医薬品卸会社はいわき市から職員を引き揚げ、郡山市から医薬品を供給する態勢に変更。病院の前に立地する調剤薬局も多くが一時閉店した。「医薬品卸会社の中には、社員に放射能防護服を着せて配達するところすら現れた」といわき市内の病院に勤務する薬剤師は語る。

医療機関が次々と「退却」する中で、市内に踏みとどまる医療関係者もいた。

「私も逃げるから、みなさんも逃げなさい」。社員をこう諭しつつ、自身は市内に残ったのが、長谷川祐一・タロサ代表取締役。いわき市内で調剤薬局「タローファーマシー」6店を経営するかたわら、いわき市薬剤師会会長を務める。「当時、原発が大爆発を起こして中性子線を撒き散らすかもしれないと本気で思った」と長谷川社長。しかし、「お年寄りを避難所に残したまま、自分が先に逃げることは許されない」と腹をくくった。


■巡回診療のための薬剤の準備(中央の人物は長谷川祐一・いわき市薬剤師会会長)

当時はガソリンも欠乏し、社員の通勤もままならなかった。長谷川社長はやむを得ない判断として、6店舗を1店舗に集約。そのうえで店舗を開け続けた。そこに医薬品を求める患者が殺到。「ふだんは1日100人程度のところ、1日に300人も来店した。中には4~5時間待ちの患者もいた」(長谷川代表)。

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