今期5作も!「刑事ドラマ」はなぜ飽きられないのか 第1号から「相棒」「教場」まで歴史を紐解いて解説

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あるいは、コミカルな描写も交えながら、刑事を単なる正義の味方ではなく魅力的な変人として描くことも増え始めた。中谷美紀が、天才的な推理力を有する東大法学部卒の超エリートでありながら、度を超えたマイペースぶりや癖の強さで周囲を困惑させる刑事・柴田純を演じた『ケイゾク』(TBSテレビ系、1999年放送)などが思い浮かぶ。

変人と言えば、むろん『相棒』で水谷豊が演じる杉下右京もそのひとりだ。同じく東大法学部卒のキャリアという筋金入りのエリートでありながら、相手がたとえ上司であっても空気を読まず、決して群れない。それゆえ、特命係という「陸の孤島」に飛ばされることにもなる。その変人ぶりがまた、シャーロック・ホームズばりの鋭い推理の切れ味と絶妙のバランスになっている。

また『相棒』は、『踊る大捜査線』以降の「警察ドラマ」の発展形という側面もある。警察という組織が守ろうとする正義と右京個人が守ろうとする正義とは、必ずしも一致しない。

むしろ、しばしば衝突する。したがって、『相棒』では「正義は一つではない」ことが繰り返し描かれる。岸部一徳が演じた小野田官房長は、右京との対比によって、正義というものの持つそうした根本的な複雑さを体現するキーパーソンだった。

刑事ドラマは究極の社会派エンタメ

こうして刑事ドラマは、新たな犯罪の登場、リアルな「警察ドラマ」、刑事のキャラクターの多様化、さらには正義をめぐる複雑な問いなど、枝分かれを繰り返しながらバリエーションを増してきた。その発展はいまも続いている。たとえば、警察学校という場を通じて警察組織を描く『教場』シリーズなどは、新しいタイプの「警察ドラマ」と言えるだろう。

結局、刑事ドラマには根本的な二面性がある。一方で、現実離れした世界を覗き見るわくわく感、掛け値なしのエンタメ性がある。だがもう一方で、いま社会にある問題を映し出し、他人事ではないと思わせるドキュメンタリーのようなリアルさもある。つまり、フィクションとしてもノンフィクションとしても楽しめる。

その意味で、刑事ドラマは究極の社会派エンタメと言える。そこに他ジャンルのドラマにはない守備範囲の広さ、そしてお得感が生まれる。だから私たち視聴者も、いつまでも飽きることがないのだろう。

太田 省一 社会学者、文筆家

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おおた しょういち / Shoichi Ota

東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本社会の関係が研究および著述のメインテーマ。現在は社会学およびメディア論の視点からテレビ番組の歴史、お笑い、アイドル、音楽番組、ドラマなどについて執筆活動を続ける。

著書に『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)、『「笑っていいとも!」とその時代』(集英社新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『水谷豊論』『平成テレビジョン・スタディーズ』(いずれも青土社)、『テレビ社会ニッポン』(せりか書房)、『中居正広という生き方』『木村拓哉という生き方』(いずれも青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)など。

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