「藤井聡太の偉業」が浮き彫りにした"棋界の憂い" "史上最強棋士"誕生で棋士たちは何を思うのか

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1年ほど前に知り合いの観戦記者が冗談でこんなことを言った。

「1人が異常に強すぎて、仕事がない」

藤井はタイトル戦に出るようになってから番勝負でほとんどがストレート勝ちか1敗しかしていない。フルセットになったのは2021年に豊島将之叡王(当時)に挑戦したときのみであり(3-2で藤井が奪取)、トップ棋士同士が激突するタイトル戦において勝率は8割を超える。

羽生は七冠を達成した年に年度勝率でキャリアハイの0.836を記録した。当時、「七冠制覇は、全棋士にとっての屈辱」と発言し、羽生にタイトル戦で4度挑んだ森下卓九段・将棋連盟理事(56歳)は現在の将棋界についてこう発言する。

「正直、羽生さんの時代よりも今の若手はさらに厳しいと思います。羽生さんはタイトルを獲られたり、獲り戻したりしながら七冠になった。でも藤井さんの場合、タイトル戦無敗の15連勝、内容もほぼ圧勝です。今の若手のほうが無力感に陥らされているんじゃないか。本気で藤井さんに勝つという気持ちを保つことが、とても難しいと思う」

現在の若手棋士のレベルについては「非常に高いものがある」と森下は言う。それでも藤井が突き抜けてしまう状況に、彼の実力だけでなく、周囲の影響も指摘する。

「羽生さんのときもそうだったのですが、周りの人も寄ってたかって強くするんですね。藤井さんのことをYouTubeなどでチェックすると“神の一手”などと称賛した動画がたびたび出てくる。みんながそう言っていると、一方だけが鎧を次々に纏っていく。例えば今回の名人戦でも、結果的には4-1ですが、渡辺さんにも十分勝つチャンスはあった。ところが負けるような流れとなってしまう。藤井さんが強いのは確かですが、それ以上に周りが勝たせる雰囲気を作ってしまうというか」

名人戦
第81期名人戦第5局の感想戦での藤井と渡辺(筆者撮影)

「死ぬ気で勝て」とは言えない時代

森下は囲碁の世界戦を引き合いに出す。囲碁は各国のプロ間で世界戦が行われるが、韓国と中国のレベルが非常に高く、世界ランキングでも上位を独占する。

韓国、中国では棋士を目指す子たちは4、5歳から囲碁に勝つためだけの勉強をして、学校での通常の教育は受けないという。負けることが許されない厳しい環境で育てられ、10歳くらいで見込みがないと思った子は道を切り替えさせられる。

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