後継者不在で借金だけ残る「中小経営者」の苦境 国は延命を支援しても廃業には手を差し伸べず

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相談してくる企業は、たいてい赤字体質で、借入金額が保有する資産額を上回っており、M&Aの買い手は現れません。やむなく廃業し会社を清算しても、保証人である経営者に借金が残ります。残った借金について、経営者は次のような選択を強いられます。

① 経営者の財産や収入で返済する

② 返済を諦めて自己破産する

③ 経営者が死んで(相続人が借金を相続せず)帳消しにする

経営者が高齢で借入金額が大きい場合、①は難しく、②と③に追い込まれてしまいます。この段階で相談に来ても、手遅れで処置なし。「資産額>借入金額」という健全な状態のうちにM&Aあるいは廃業を決断することが大切です。

廃業する経営者は孤立無援

国は、第二次安倍政権下で、中小企業の再生支援を拡充しました。さらにコロナ禍で、「1社たりとも倒産させるな」とゼロゼロ融資や事業再構築補助金を導入しました。いまや中小企業の延命が国是となり、国は湯水のように補助金をばら撒いています。

ところが国は、事業継続を断念して廃業しようという企業にはまったく目を向けません。中小企業基本法に基づき「多様で活力ある中小企業の成長発展」を助けるのが国の役割であって、廃業支援は国の仕事ではないからです。

民間でも、再生支援やM&Aの専門家は山ほどいるのに、廃業支援の専門家はほぼ皆無です。廃業しようという企業からは金を取れないからです。筆者もこうして偉そうに書いていますが、知人や関係者に限定して無料で簡単な相談を受けているにすぎません。

「いま廃業して会社を清算すると、1億円の借金が残ります。自己破産しようか、夜逃げしようか、いっそ死んでチャラにしようか、とあれこれ考え、気が狂いそうです。借金を作ったのは私の責任ですが、『どうしてこんなに悲惨な目に遭うのか』と神様を恨みます」(サービス業経営・70代)

「事業を続けます」と言えば国が温かく手を差し伸べてくれ、「売ります」と言えばM&A仲介会社が群がってくるのに、「廃業します」と言った瞬間から誰にも相手にされず、絶望の淵をさまよう―。これが、再生支援とM&Aで沸き返る日本の、もう一つの過酷な断面なのです。

日沖 健 経営コンサルタント

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ひおき たけし / Takeshi Hioki

日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかる!リーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。

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