タイ総選挙が浮き彫りにした大麻・王室・タクシン 第1党・前進党の前進を拒むもの

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タイの裁判所や選挙管理委員会はこれまでも、軍や王室、親軍政党寄りの判断を繰り返して、タクシン派政党や新未来党など「気に入らない」政党、政治家を排除してきた。時に「司法クーデター」とも呼ばれた。タクシン派の首相がかつて料理番組に出演したことをとらえて、憲法が定める副業禁止規定に違反したとして失職させたこともある。

今回もピタ氏が失格の憂き目にあったり、前進党が何らかの訴えで解党されたりする恐れは付きまとう。

変わる分断の構図

前進党を中心とした政権ができるかどうか、国民の選択が反映されるかどうかは予断を許さない。一方で政権の形がどうなるにせよ、今回の選挙結果はタイの政治・社会の新しい時代を予見させるのに十分だった。

タクシン氏の存在感は今回も健在だったが、他方、前進党の勝利は過去20年以上にわたって繰り広げられたタクシン派対反タクシン派(王党派、軍、裁判所、都市中間層)といった構図の変化を浮き彫りにした。

プミポン前国王が2016年に亡くなった。続いて反タクシン派の中心人物として軍に絶大な影響力を誇ったプレム元首相(枢密院議長)も前回選挙後の2019年5月に死去したことで、軍内部の力関係も変化し、タクシン氏と正面から向き合う存在もいなくなった。タクシン氏自身も73歳となった。

21世紀に入って以来、選挙の主な争点は、とどのつまりタクシン氏が好きか嫌いかに収斂されたが、今後はタクシン氏という個人から離れて、市民的自由や王室改革を求めるリベラル派対軍や王党派を含めた既得権層という対立軸が鮮明になるだろう。

タクシン派の主流は今後、後者に吸収されていくのではないか。首都バンコクの33選挙区で前進党は32議席を獲得した。都市と地方の対立に加え、世代間の亀裂が深まる兆しも見える。後世、時代の変わり目の選挙だったと記憶されるかもしれない。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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