原爆はこうして広島・長崎に投下された 物理学者は、いかに世界を恐怖へと導いたか

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多くの人に一目で嫌われるという「特技」を持っていたようなシラードだが、ほかの科学者と同じく、米国が実際に原爆を使用すれば、ソ連との軍拡競争に歯止めがかからなくなることは強く危惧していた。ナチスの敗北が決定的になり、原爆の完成を間近に控えた1945年の3月、今度は原爆の使用を思いとどまるようルーズベルトに書簡を送る。

第二次世界大戦では、ソ連は英国や合衆国の仲間であった。原爆開発をソ連に知らせるかどうかが問題となった。ルーズベルトは、スターリンは信頼に足る男なので伝えてもいいと判断する。それに対して、チャーチルは、大戦後の世界秩序のこと、そして、何よりも英国の国益をにらんで猛反対する。結果として原爆開発の情報はソ連に対して秘匿されることになる。

ルーズベルトの急死

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シラードの進言がルーズベルトによって受け入れられていたら、広島・長崎への原爆投下はなかったかもしれない。自らが原爆の開発にゴーサインを出したルーズベルトであったから、その可能性もあっただろう。しかし、残念ながら、進言が届く前、脳卒中によってルーズベルトは急死する。次の大統領トルーマンは、連合国司令長官アイゼンハワーの反対を抑えて、原爆投下を決定した。

クラウス・フックスも大きな役割を果たした物理学者だ。ただし、科学者としてではなく、ソ連のスパイとして。マンハッタン計画の拠点、ロスアラモス研究所には、3人のソ連スパイがいて、かなり正確な情報が伝えられていたが、ソ連はいくつかの理由で本格的な原爆開発に着手していなかった。しかし、広島への原爆投下を知ったスターリンは、開発しなかった咎で物理学者を強く叱責し、「追いつけ、追い越せ」と原爆の開発に全力を注ぐ。

ソ連は、日本の全面降伏をうけて、北海道への進駐計画を進めようとする。もしそれが実行されていれば、日本という国はどうなっていただろうか。それをスターリンに思いとどまらせたのは、米国のみが所有するであろう核兵器の存在であった。

ごく少しだけを紹介しただけでも、いかに内容が多岐にわたっているか、そしていかに興味深いかがわかるだろう。ジェットコースター、それも、急降下あり、回転あり、大きな旋回あり、トンネルあり、スプラッシュあり、後ろ向き走行あり、と、信じられないくらい長いジェットコースターに乗っているかのようだ。本屋でこの本を手にとっても、読み切れるかと尻込みしてしまうかもしれない。しかし、勇気をもって、このジェットコースターに乗ってもらいたい。

今回のレビュータイトル(HONZ本編)に使った『我は死なり 世界の破壊者なり』は、オッペンハイマーが、ニューメキシコでの原爆実験、トリニティー実験において、人類初の核実験の閃光を見ながらつぶやいた言葉である。この本は、歴史に翻弄された各国の物理学者たちの苦悩に満ちている。

仲野 徹 大阪大学大学院・生命機能研究科教授

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なかの とおる / Toru Nakano

1957年、大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部卒業後、内科医から研究の道へ。京都大学医学部講師などを経て、大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。HONZレビュアー。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。著書に『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社、2017年)、『からだと病気のしくみ講義』(NHK出版、2019年)、『みんなに話したくなる感染症のはなし』(河出書房新社、2020年)などがある。

 

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