犠牲者は10万人規模のおそれ、厳しい状況認識を持ち長期的支援体制を

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 私が訪ねた避難所のひとつは、公民館でしたがスペースに比べて人数が多すぎました。避難所では1人あたり4平方メートル以上のスペースが必要とされていますが、遥かに不足しています。トイレも大幅に足りません。また手洗いやお風呂など衛生用の水が圧倒的に不足していました。洗う水が不足していますから、アルコールで殺菌していますが、ノロウイルスはアルコールでは死にません。感染者が出ても隔離するスペースがありません。女性の生理用品の不足も問題です。
 
 通常時であればさほど懸念するようなことがないことが問題になります。衛生環境の確保には保健師が努力していますが、医師にもトイレの数や密度など避難所のざっくりとした状態に注意してほしいとお願いしています。これらの感染症問題は普通の生活環境を取り戻せれば自然になくなります。水の供給や仮設住宅の建設などを一刻も早く進めるしかありません。
 
--気仙沼といわきで必要な支援に差はありますか。

やはり被災地の置かれた状況により差はあります。いわきは沿岸部の津波被害は厳しいですが、市域が広く、被災の程度が低い医療機関もあり、そうしたところでの対応ができました。しかし、水道が不足し、また物資も拠点となる集積所から、各避難所などに届ける末端の物流が混乱するなどの課題がありました。ただ、現時点では状態はよくなっています。一方、気仙沼は電力・通信も途絶し、街全体が被災したため、地域だけでの対応が困難です。
 
 阪神淡路大震災は被災地域が狭かったので、必要とされる支援の内容がある程度似ていました。しかし、今回は被災地が非常に広い地域にわたっているので、地域ごとに必要なことが大きく違います。地域のニーズを把握して支援する必要を強く感じました。
 
 いわきで特徴的だったのは、原発事故による放射線被曝問題です。被爆そのものが問題になる環境ではもちろんないのですが、一時現地には原発の情報がはっきりとは伝わらず、支援スタッフにも動揺がありました。私自身、専門的な教育を受けているにもかかわらず、恐怖を覚えました。医師として、平常心を保ち、正しく情報を得て的確に判断する重要性を改めて感じました。いわきは一時的に非難していた人たちも戻り始め、支援のシステムはできていると思います。
 
 また、目立たない活動ですが、災害時には亡くなった方の死因を特定して死亡を確定する検案もとても大きな仕事になります。気仙沼で検案に当たっていた法医学の先生によれば、震災後3~7日ごろがピークだったそうですが、私が行った24日にも断続的にご遺体が運ばれてきました。
 
 先生によれば、気仙沼では90~95%が溺水、5%が焼死だそうです。家屋の倒壊などいわゆる地震による被害がほどんどなく、津波の被害が圧倒的だったことがわかります。
 
 復旧作業が進むにつれ、まだまだご遺体は見つかると思います。この状況では、私の経験では、10万人規模の方が犠牲になっていると想定するのが妥当だと思います。現地で活動している方に取材してもその程度という認識を持つ方が多かった。

救急医療にはオーバートリアージという考えがあります。緊急を要する場合には、症状を悪い方に想定し、治療を施すという考え方です。結果的にそんな治療までする必要はなかったとしても、治療が手遅れになるよりはいいということです。震災発生直後から大規模な救援体制を投入していればもっと救えたのではないかと残念です。 

東京では死者・行方不明者で3万人弱という災害規模の認識があるように感じますが、そうした認識では被災地の支援・復旧活動が不十分になる恐れがあります。今までの災害の経験は通用しないような厳しい状況という認識で対応に当たる必要があります。細く長い支援を継続していかなければなりません。
(聞き手:丸山 尚文 =東洋経済オンライン)

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