中国中車はこの対応として、2022年末に蓄電池式機関車の試験車両を納入している。これはタイの有名国立工科大学であるモンクット王工科大学とタイ国鉄も加わる共同プロジェクトで、1月から試運転を続けており、今回の記念式典にも中国中車の職員と共に“ゲスト出演”した。隣接するバンスー客車区には充電設備が整備されている。これが実用化されれば、煤煙問題の根本的解決となる。気動車についても、将来的にはバイモード式車両を導入する構想があるようだ。
最大の懸案は保安装置問題、また老朽客車問題など、安全に関わる部分である。保安装置を装備したレッドラインの通勤電車と、保安装置のない在来の列車が同じ線路上に混在するのは好ましくない。機関車に関しては、都心に乗り入れる列車が新型機関車に統一された時点で何らかのテコ入れがなされる可能性があるが、近距離列車など気動車を用いる列車の対応は不明である。
本来であれば、近距離列車を都心部から追い出し、レッドラインの通勤電車と系統分離することが得策であるが、レッドラインがフアランポーンまで延長しない限り、実現できない。地下線としてレッドラインを延伸する計画自体は存在するが、早々にできる話ではない。
激変の時期を迎えたタイの鉄道
ただ、タイ国鉄史上最大のプロジェクトとも呼ばれる「バンコク大量輸送網整備事業(レッドライン)」がひとまずは完成のときを迎え、政府は今後、他の用途に予算を回す余裕が出てくるだろう。
レッドライン内各駅での撮影が厳しく制限されていることから鑑みても、政府は高架新線に窓全開、扉全開、箱乗りの乗客という危うい状態の老朽車両が走っている状況を好ましくないと思っているのは明らかだ。現に、駅はきれいになっても、それ以外は昔のまま何も変わらないというチグハグな状況に対して、タイ国内でも疑問を呈す声は大きい。よって、政府の意思決定次第では、さらなる近代化が急速に進む可能性はある。
バンスー中央駅と「レッドライン」
前へ
-
在来線のバンスー駅(手前)とバンスー中央駅(奥)
(筆者撮影)
-
2層式のバンスー中央駅からは計24本の線路が伸び、
まるでコンクリートの巨大要塞のようだ(筆者撮影)
-
巨大なバンスー中央駅のコンコース
(筆者撮影)
-
バンスー中央駅コンコースの長距離列車用の区画。
2022年時点ではまだ柵で囲われていた(筆者撮影)
-
すでに高速鉄道とエアポートレールリンクの
案内看板が設置されている(筆者撮影)
-
バンスー中央駅に隣接する客車区。駅に負けず劣らず
巨大な敷地面積を誇る(筆者撮影)
-
チャトゥチャック駅からバンスー中央側を望む。内側2線が
バンスー中央の長距離列車用ホームに通じる(筆者撮影)
-
バンスー機関区脇からレッドラインの高架線を望む
(筆者撮影)
-
レッドラインの高架駅舎(右)と在来線(旧線)。左端は
頓挫した高架鉄道ホープウェル計画の残骸(筆者撮影)
-
レッドラインと統合された新ドンムアン駅コンコース。
レッドラインの中間駅で唯一一般列車が停車(筆者撮影)
-
新ドンムアン駅はレッドラインと一般列車を分離した
2層式。写真は2階部分の一般列車ホーム(筆者撮影)
-
新ドンムアン駅レッドラインホーム。バンスー車両基地を
出区する一部列車はここまで回送し折り返す(筆者撮影)
-
新ドンムアン駅のレッドラインホームからは
ドンムアン空港が一望できる(筆者撮影)
-
在来線(旧線)発着だった頃のドンムアン駅。
ローカル駅の雰囲気だった(筆者撮影)
-
ワットサミアンナーリー―カンケーハ間は内側線にも架線が
あり、レッドラインの電車も走れる設計だ(筆者撮影)
-
地平の在来線とレッドラインの入出区線は
ワットサミアンナーリー駅の手前で合流(筆者撮影)
-
チャトゥチャック駅に停車するレッドラインの電車。
当駅に限って中線に架線がない(筆者撮影)
-
ラックホック駅はダークレッドライン唯一の地平駅。
在来線とは独立した構造だ(筆者撮影)
-
ライトレッドラインのバーンソン駅。同線は
ダークレッドラインと異なり複線だ(筆者撮影)
-
ライトレッドラインの新バーンソーン駅から望む在来線の
バーンソーン駅。在来線駅も引き続き営業中(筆者撮影)
次へ
-
シーラカンスのごとくほぼ100年間進化の道を閉ざしていたタイ国鉄だが、レッドラインプロジェクトを呼び水に、今、激変のときを迎えようとしている。10年後、タイの鉄道風景はどのように変化しているだろうか。タイ国鉄は、組織としてこの急激な変化に耐えうることができるだろうか。そして、このビジネスチャンスを掴み、鉄道覇権を制すのは果たして誰か。現状を見る限り、日本勢がここに入り込んでいけるかは、甚だ未知数と言わざるをえない。
著者フォロー
フォローした著者の最新記事が公開されると、メールでお知らせします。
ログインはこちら
著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。
たかぎ さとし / Satoshi Takagi
立教大学観光学部卒。JR線全線完乗後、活動の起点を東南アジアに移す。インドネシア在住。鉄道誌『鉄道ファン』での記事執筆、「ジャカルタの205系」「ジャカルタの東京地下鉄関連の車両」など。JABODETABEK COMMUTERS NEWS管理人。
ログインはこちら