生命の跳躍 進化の10大発明 ニック・レーン著/斉藤隆央訳~10の跳躍での生命進化の探求を追体験できる

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生命の跳躍 進化の10大発明 ニック・レーン著/斉藤隆央訳~10の跳躍での生命進化の探求を追体験できる

評者 原田 泰 大和総研専務理事チーフエコノミスト

生命の誕生自体が驚異的だが、原始的な細菌が人類にまで進化したことはさらにそうである。著者は、生命が今のような形になるまでの進化の過程で10の跳躍があったという。

確かに、鳥のくちばしの変化なら変異と自然選択で説明がつくことに誰でも納得するだろうが、生命の最終的進化は跳躍と呼ぶしかない。10の跳躍とは、生命の誕生、光合成、複雑な細胞、運動、視覚、温血性、意識、死などである。

昔、太古の海に稲妻が光り、有機物が合成され、そこから生命が誕生した、と少年雑誌のグラビアで説明されていたことを覚えている。しかし、そんなことでは生命は誕生しない。生命誕生のメカニズムが本当にわかってきたのは、ここ4半世紀余りのことであるという。

地球上の酸素は光合成によって生まれたものだ。最初に誕生した生命は酸素を必要としなかったが、今日のほとんどの生物は酸素がなければ生きていけない。酸素はエネルギーを得るだけでなく、大型生命の体を支える組織を作るにも欠かせない。

人工的に光合成できれば、水という無尽蔵の資源から水素を取り出すことができる。水素を燃やして出来るものは水だけだから、地球温暖化もない。これほど素晴らしい機構は、よほど複雑なものに違いないと思われるが、そうではない、と本書は説明する。

本書の前半は生化学的メカニズムを理解することを要求し、私のような非専門家は熟読しないと理解できないが、読み進むうちになんとか理解できるようになる。後半は、より具体的な機構の説明になって、わかりやすくなる。

巨大な樹木には生命の偉大さを感じるが、動く生命がなければものたりない。恐竜がどれだけ速く動けたかに人々が関心をもつのもうなずける。運動するための組織である筋肉の精妙な仕組みが明かされる。目のような複雑な組織が、変異と自然選択からどのように生まれるのか不思議だが、説明を読むと納得してしまう。光合成は光によってエネルギーを得る過程である。とすれば、光を感じることは葉緑体にとっても重要なテーマになる。光を感じる組織がピンホールカメラになって、そこにレンズがつけば目になるという。温血性は目的ではなく結果なのだという説明にも納得する。最後の二つの跳躍、意識と死になると、著者の説明には哲学の匂いがしてくる。

生命進化の探求は、論争の歴史でもある。エコノミストや政策家の論争とは異なって、証拠に基づく論争がなされている。じっくり読んで、この探求を追体験することをお薦めしたい。

Nick Lane
英ロンドン大学の遺伝・進化・環境部門でミトコンドリアを研究。科学専門誌『Nature』などに寄稿する科学ライター。インペリアル・カレッジ・ロンドンで生化学を学び、酵素フリーラジカルと移植臓器の代謝機能に関する研究でPh.D.を取得。

みすず書房 3990円 436ページ

  

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