窮地に立つマクロン政権、反発必至の「年金改革」 フランスで抗議活動が激化、議会の解散・総選挙も

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政府は反対派による審議妨害を防ぐため、年金改革案を独立した法案としてではなく、社会保障関連予算の改正案として議会に提出することを検討している。この場合、閣議了承の後、国民議会(下院)で最長20日間、元老院(上院)で最長15日の審議を経て、50日以内に両院委員会で最終合意する必要がある。法案の成立は3月末までを目指している。

議会の議決なしに法案を成立するという手もある。それを可能にする憲法49条3項は、1会期につき1回しか使えない切り札だが、予算関連法案についてはこうした縛りがない。同条項に基づく法案成立を阻止する唯一の方法は、24時間以内に内閣不信任案を提出することだ。政府が同条項の利用に踏み切れば、NUPESや国民連合は不信任案を提出するだろう。これに共和党が同調した場合、マクロン大統領は議会の解散・総選挙に踏み切ることを示唆している。

マクロン大統領はこれまでも抵抗勢力の反対を押し切り、強引に改革を進めようとして、国民の反発を買ってきた。多くの国民が反対する年金改革案を議会採決もせずに成立させる場合、さらなる抗議活動の激化を招く恐れがある。

野党勢が一枚岩になれない中、政府は解散カードをちらつかせて法案成立での共和党の協力を仰ごうとしている。だが、強行突破に国民の不満が一層高まれば、解散・総選挙で厳しい審判を突き付けられるのは、大統領会派のアンサンブルのほうかもしれない。

マクロン改革の集大成となるか

年金改革案をめぐる混乱は、経済活動や財政再建の行方にも影を落としかねない。大規模なストライキや抗議行動で経済活動が麻痺すれば、景気後退の瀬戸際にあるフランス経済にさらなる急ブレーキがかかることになる。

年金改革案の成立に失敗すれば、2027年までに財政赤字の対国内総生産(GDP)比率を3%未満に抑制する政府の財政計画は軌道修正を余儀なくされる。借り入れ増加が嫌気され、フランスの国債利回りに上昇圧力が及ぶとともに、さらなる改革期待が削がれ、マクロン大統領の残りの任期はレームダック化が進むことになろう。

逆に共和党の協力で政府が年金改革案の成立に成功すれば、政府の改革遂行能力を示すとともに、1会期1回の憲法49条3項の利用を別の改革関連法案に温存することができる。その場合、マクロン大統領は2期目の最重要内政課題に早々にけりをつけ、2027年の任期満了までの残りの時間をEU改革など外政分野でのレガシー作りに注力できる。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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