「知床観光船事故」報告に思う「国の調査」の不条理 2008年犬吠埼沖の漁船沈没事故との大きな「格差」

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カギは、運輸安全委員会がどのような調査を行ったかにある。ところが、運輸安全委員会は事故調査にどんな資料を使ったのかをまったく明らかにしていない。報告書がすべて。その結論がすべて。そうした態度を崩さないのだ。

報告書の結論がどのようなプロセスを経て導き出されたのかを知るために情報開示請求したところ、「標目」、つまり各資料のタイトルさえ開示されなかった。書類は真っ黒である。

アメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)は過去の事故調査で使用した資料をインターネットで世界中に公表している。黒塗りもない。関係した個人名もすべてそのまま出てくる。何事も隠そう隠そうとする日本とは、雲泥の差というほかはない。

叡智を集めたはずの結論でも間違いはある

第58寿和丸の報告書をめぐる情報公開は現在、非開示を不当として、伊澤氏側が国(運輸安全委員会)を相手取って開示するよう東京地裁に訴えている。

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提訴は昨年7月。国側は依然として、「真っ黒に塗った公文書でOKなのだ」という方針を崩さず、そのまま押し切ろうとしているが、裁判長は国側に再三、非開示の根拠を具体的に示すよう求めており、文書のタイトルすら秘密にしようとする運輸安全委員会の姿勢はさすがに法廷では通用しないだろうと思われる。

伊澤氏はこう言う。

「私たちはしばしば、物事を『国が結論を出したから』『もう決まったことでしょう』と捉えがちです。しかし、当たり前のことですが、専門家の叡智を集めたはずの結論であっても、間違いや納得のいかないことはある。そして『決まったこと』に対して疑問を持ったり、声を出したりする人を疎ましいと思いがち。そこをどうするか、だと思います。

私が著書『黒い海』で問いたかったのも、まさにその点です。第58寿和丸の事故に関しては、声は埋もれがちですが、疑問を持ち続ける人は何人もいる。そういった問題はほかにもたくさんあるでしょう。そこにこそ、ジャーナリストの活動の領域はあるはずです」

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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