話題の「中国環境番組」、なぜ封殺されたのか 「当局お墨付き」のはずが、一転規制の対象に

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現地のメディア関係者などによると、最初は1日に口頭などで「ドームの下で」に関する報道や評論を目立った形で掲載しないよう、口頭の指示が宣伝部門から伝えられたという。人民網をはじめとする主要メディアは、ここで報道をサイトから下ろした。私がコラムを持っているブログサイト「大家」でも、1日までにあった別々の筆者が書いた2本のコラムが、同時に消えてしまった。

そのあと3日(5日という説もある)にはいっさいの報道をしないように文書での指示が出され、すべての記事が消去された。この指示のコピーと見られる内容が海外の中国人向けニュースサイトで報じられているが、コピーを流したとされる上海の新聞社の社員が停職になったとも伝えられている。

8日までに、とうとう残っていた「優酷」などのオリジナルの動画も見られなくなった。いまもYouTubeなど海外の動画サイトでは見ることができるが、完全に中国大陸では「封殺」されてしまったのである。こうしたところから見れば、確かに、このドキュメンタリーが当局と柴静による完全な「協力作品」であるとは言えないように思える。

「政府を挙げてのキャンペーン」にできなかった?

今回の件について、中国のベテラン記者はこう解説する。「少なくとも、柴静の報道は、当局の一部の支持、あるいは暗黙の了解を受けた中で行われたことは明らかですが、全党、全政府までの支持を得たものではなかったので、対応に一貫性が欠けた形になっているのです」。

柴静に協力した政府部門は明らかに環境保護部だった。「ドームの下で」を発表した翌日、ちょうど新任の環境保護部長の陳吉寧が就任した日で、陳吉寧が柴静の番組を賞賛し、「大衆の環境や健康への問題意識を呼び起こした。この点は特に素晴らしい」と述べている。また、陳吉寧は、柴静の番組をレイチェル・カーソンの「沈黙の春」になぞらえたという。

「ドームの下で」の中でも、柴静の取材に対し、環境保護部の幹部は、石油や鉄鋼など環境汚染の元凶とされる大企業を指して「一部の企業は我々の指導を無視している」と批判していることからしても、環境保護部門の理解と支持を得ていたことは推察できる。同時に、これらの企業からいっせいに内容について批判や反論のコメントが出たことからも分かるように、「政府を挙げてのキャンペーン」でもなかったことは間違いない。

そのため、政治闘争の一貫として柴静が利用されたとの説も出ている。習近平政権が展開する反腐敗闘争の中で、江沢民氏や周永康ら敵方の背後にいるとされるのは、環境汚染の元凶でもある石油・石化関連企業。「ドームの下で」によってこれらのグループに打撃を与えようとした習指導部が背後いたが、当初の予想を超えた反響もあって、宣伝部門も巻き込んだ巻き返しが行われ、報道禁止や動画の削除に至ったという見方だ。すべてが「政治」に帰納する中国的な世界では一定の説得力を持って語られている。

何か真実であったかは現段階では確定することは難しい。しかし、「環境」「大気汚染」といったテーマが、中国の人々がすでに爆発寸前のストレスを抱えていることは「ドームの下で」への異常とも言える反響からしても明らかだ。

16日に閉幕した全人代でも明らかになったように、中国は高度成長の時代を終えて、中成長の時期に入ろうとしている。そんな中で、高度成長の犠牲品となっていた環境問題に取り組むことが次の中国の最重要課題の一つであることは「ドームの下で」という一つの実験で改めて浮き彫りにされたと言えそうだ。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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