「エステーCMの父」流、突出社員の生き方 「被り物の執行役」はタダの破天荒じゃない

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「でも5人チームになる必要があったので、今度は4人のチームを見つけて駆け寄ったのですが、また断られる。それならばと、次は3人のチームを見つけてタタターッと走って行きました。すると相手はチームの人数を確認し、捨て台詞のように『Sure(まあ、仕方がないね)』と。そのときに、ああこれがサバイバルだと思いました。あれこれ考えている場合じゃないんですよね」

その後のMBA生活もピンチの連続だったが、鹿毛さんはその都度、あらゆる手を使ってサバイブする。ちらっと告知されたテスト範囲が正しく聞き取れず、まったく違う範囲を勉強して試験当日を迎えてしまった際には、「一瞬ネイティブの発音を聞き取れなかったことで、僕の情報科学の単位にかかわる能力を落第点にされるなんて納得できない」と教授に詰め寄り、交渉の末、試験をチャラにしてもらった。

さらに別のテストでは、問題に的確に答えたつもりがまたも最低評価。ここでも自分が納得できない点を教授とハードに交渉し、別途レポートを提出することを条件に落第を免れた。加えて、なんとしてもA評価を得るため、最終的には教授の研究室に居座り、教授に直接アドバイスをもらいながらレポートを完成させた。

「留学中に身についたのは、経営のフレームワークとかではなく、むしろ厳しい環境の中で生き残る力だったと思います」と鹿毛さんは振り返る。

「地に落ちた信頼」から学んだこと

MBAを取得し雪印に戻って来た鹿毛さんの前に、またも困難が立ちはだかる。2000年6月に起きた雪印集団食中毒事件だ。当時鹿毛さんは約2000人の営業担当者の教育に全国を飛び回る仕事をしていたが、事件後はすべてをストップし、被害者の方々へのお詫びと対応に追われた。

同年8月には厚生省(現厚生労働者)が全国20工場に「安全宣言」を出し、徐々に信頼が回復されていたが、その矢先の2001年1月、今度はグループ会社雪印食品による食肉偽装事件が発生。抗議の声は前回をはるかに超えて吹き荒れた。

世の中で雪印ブランドが拒否され続ける中、鹿毛さんは自著『愛されるアイデアのつくり方』(WAVE出版)でも記す通り、「企業人は、絶対にお客様と同じ『目線』を持つことができない」ということを思い知らされる。そして、だからこそ謙虚に、1ミクロンでも目線を近づける努力をし続けなければならないことを悟った。

その後事件は落ち着き、「信頼回復プロジェクト」を担当してきた鹿毛さんは、雪印でできることをやり通した。当時募られた1000人規模の希望退職に手を挙げ、会社を去る。40歳を超えていたため通常の中途採用はどこも門前払いだったが、面接で社長と直接話せる会社を探し、受けた7社すべての内定を獲得、エステーへの入社を決めた。またも鹿毛流のサバイバル術で乗り切ったのだ。

エステーに来てはじめて宣伝という仕事に携わった鹿毛さんだったが、雪印での経験を踏まえ、一般に言われる「徹底的に」という言葉より何層も深く「徹底的に」考え、仕事に取り組んできた結果、数々の広告で顧客から高い支持を得ることになる。

冒頭で紹介した、東日本大震災後のCMがもっとも象徴的な例だ。何に対しても「自粛ムード」が漂う中、トラブルを起こさないよう何もせずやり過ごすこともできただろう。しかし、鹿毛さんは別の道を選んだ。

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