「ここまででいいや」と線を決めてしまう生徒ばかり

今、日本の学生はどんどん「行きたい大学」ではなく「行ける大学」を目指す傾向が強くなっています。

僕は多くの学校の進路指導の先生とお話ししてきましたが、最近は「こういうことがしたいから、この大学に行きたい!」と「未来への希望」から進路を考えるのではなく、「今の実力だとここの大学が妥当だから、この大学を目指そう」と、「現在の実力」から進路を決めている人の割合がどんどん増えているのだそうです。

またデータでもそれは裏付けられています。文部科学省の「令和3年度学校基本調査」を基に計算すると、2021年の受験生のうち浪人している人の割合は約20%となっています。10年前や20年前は30%以上が浪人生だったことを考えると、著しく減っているといえるでしょう。浪人をしてまで「この大学にどうしても行きたい!」とは考えず、「まあ、合格したところに行けばいいや」と考える人のほうが多いわけです。

この現象を、皆さんはどう考えるでしょうか?

1つの意見として、「合理的な選択をする学生が多くなった」と考えることができます。自分の実力をしっかり受け止めて、その実力の範囲内で受験しようと考えることは、とても合理的で、「頭のいい選択」だといえます。

しかし一方で、やっぱりこれって、ちょっともったいないと思うのです。

もしかしたらもっと頑張ったらもっといい環境に飛び込めるかもしれないのに、「ここまででいいや」と線を決めて、それ以上には挑戦しょうとしない生徒ばかりだと、自分の本当の実力を知らないまま進路を選択する子も増えてしまうんじゃないか、と。

もっと貪欲に、自分の可能性を信じて、その可能性を広げることをしてもいいんじゃないかと思うのです。

※21年の大学入学者は62万7040人、うち18歳は50万1490人。19歳以上の12万5289人を浪人生として算出

「リアルドラゴン桜」な東大生たちのプロジェクトとは

さて、そんな中で僕らは、「リアルドラゴン桜プロジェクト」という取り組みを実践しています。

これは「リアルドラゴン桜」な東大生――もともと偏差値がそこまで高くなかったところから逆転合格した東大生や、東大を目指す人が全然いない、東大合格が当たり前でなかった地域や学校から努力して受かった東大生たちを集めて、高校生たちに「君たちでももっと上の大学を目指してもいいんだよ! 君たちも行きたい大学に行こうよ!」と語りかけるプロジェクトです。

僕も偏差値35から東大に合格した人間ですが、それ以外にもわれわれの仲間にはいろんな「リアルドラゴン桜」がいます。高校3年生の6月まで部活を全力でやっていたけれどそこから頑張って現役合格した子や、偏差値37から東大に合格した子もいれば、地方の公立高校から東大模試1位になって東大に合格した子もいますし、その学校初の東大合格者になった子もいます。

彼ら彼女らは、行ける大学を目指して東大に来たわけではありません。合理的な選択を考えれば、全然違う大学を志望していたことでしょう。しかし、その中でも自分の可能性を信じて、挑戦できたからこそ、東大に合格しているわけです。

西岡 壱誠(にしおか・いっせい)
現役東大生。1996年生まれ。偏差値35から東大を目指し、オリジナルの勉強法を開発。崖っぷちの状況で開発した「思考法」「読書術」「作文術」で偏差値70、東大模試で全国4位になり、2浪の末、東大合格を果たす。そのノウハウを全国の学生や学校の教師たちに伝えるため、2020年に株式会社「カルペ・ディエム」を設立。全国5つの高校で高校生に思考法・勉強法を教えているほか、教師には指導法のコンサルティングを行っている。また、YouTubeチャンネル「スマホ学園」を運営、約1万人の登録者に勉強の楽しさを伝えている。著書『東大読書』『東大作文』『東大思考』(いずれも東洋経済新報社)はシリーズ累計38万部のベストセラーとなっている
(撮影:尾形文繁)

高校生たちに「自分の行きたい大学」を考えてもらえるサポートを

そんな彼ら彼女らの話を聞くと、「自分も一歩、前に進んでみようかな」「こんなことができたらうれしいかも!」と、どんどん「行きたい大学」を目指すようになっていくわけです。

「リアルドラゴン桜」と名前に付いているので誤解されやすいのですが、別に「東大を目指して勉強しよう!」というプロジェクトではありません。

僕らにとって、東大は「行きたい大学」だったから東大を目指しました。だから、それと同じように高校生たちにも「自分の行きたい大学」を考えてもらって、それぞれの志望校を目指してもらうサポートができればと考えています。

具体的な中身としては、何か英語の問題演習をしたり数学の問題解説をしたりするわけではなく、「自分たちはこうやったら成績が上がったよ!」ということをシェアしています。元からできたわけではない彼ら彼女らの話だからこそ、その勉強法やプロセスは荒唐無稽な話でも、雲の上の人のやっているやり方でもなく、「ちょっとこれ、やってみてもいいかも!」と思ってもらえるようなものになっていて、ちょっと上を目指して頑張る気になってくれるというわけです。

そしてその勉強法を紹介する時には、漫画『ドラゴン桜』のコマを引用したりして説明します。僕も『ドラゴン桜2』の編集をしていた人間なわけですが、ドラゴン桜は東大生たちの勉強法を取材して、その結果として見えてきた勉強法を載せている漫画です。なので、この漫画の勉強法は東大生たちのやり方とリンクしているわけです。それを利用して、漫画というとっつきやすい教材を使いながら、東大生たちとそこに描かれている勉強法を試しています。

例えば、数学は計算力を上げる勉強を実践する必要があります。なので、どうして計算力を上げる必要があるのか? またどうすれば計算力が上がるのか?ということを描いた漫画のページを引用して、それを基にして勉強してもらうことで、生徒たちに勉強を楽しんでもらうわけです。

漫画:©︎三田紀房/コルク

勉強法だけではなく「大学がどんな機関」なのかをシェア

このプロジェクトでは勉強法だけではなく、積極的に「大学ではどんなことができるのか」を高校生たちにシェアしています。どうして多くの高校生が「行きたい大学」を目指していないのかというと、そもそも大学というのがどういうことができる機関で、ランク的に偏差値が1つ上の大学に行ったら何が待っているのかを知らないから目指していないという例もかなり多いと思います。

どんなキャンパスライフを送れるのか知らないから、「行きたい」という思いすら生まれないという場合も多いわけです。だから、「こんなことができて、今楽しいんだよ!」ということをシェアすることによって、「そっか、それならここに行きたいかも!」と「行きたい」という思いが生まれることがあるわけです。

実践していてすごく感じるのは、「知らない」というだけで、実際にいろんな人と出会ったり体験するうちに、「行きたい」という気持ちが生まれる生徒が多いなということです。

「大学でこんなことができるなんて知らなかった! ぼんやりと大学には行かなければならないものだと思っていたけれど、自分の知りたいことを研究するために大学に行こうと思う!」と語ってくれた生徒がいました。また、「自分なんか勉強したって無理だなと思っていたけれど、そうやって自分で線を引くのはやめて、一歩踏み出してみたいと思った」と語ってくれる生徒もいました。

そんなふうに、一歩前に進むお手伝いをすることができているのは、このプロジェクトをやっていてよかったなと思うことです。

そしてこのような感想がもらえるのは、やはり関わっているのが、生徒からしたらまだ「お兄さん」「お姉さん」のような現役東大生だからなのかもしれないなとも思います。年が近いからこそ、伝えられることもある。学校の先生と同じことを言っていたとしても、大学生のほうが伝わることもあるのだと思います。

これからも、「行きたい」という思いを引き出せるような教育実践を続けられればと思います。

(注記のない写真:しの / PIXTA)