20代で「漁師を束ねる"ボス"」になった彼女の半生 なぜ魚を知らない素人が漁業の世界へ入ったのか

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ちょうどそのころ、国は六次産業化・地産地消法を公布。六次産業化とは、一次産業である農林漁業が生産だけではなく、加工などの二次産業、さらにサービス・販売などの三次産業まで一体的に手がけ、新たな価値を生み出して経済の活性化を図る取り組みだ。「一・二・三」は足し算でも、掛け算でも「六」になることから「六次産業」と言われている。

長岡さんたちは市場を通さず、漁師自ら魚を箱詰めし(加工)、直接消費者に送る(流通・販売)ビジネスモデルで漁業の六次産業化を図り、新たな価値を生み出そうと考えていた。その事業計画を農林水産省に申請し、認定を受ければさまざまな支援が受けられ、認定業者としてお墨付きが得られる。

そこで事業計画書の作成を坪内さんが担当し、申請者として「萩大島船団丸」という任意団体を結成。長岡さんが代表者になるはずだったが、「難しいことはよくわからんから、あんたがやってくれ」と頼まれた。こうして魚の見分けがつかないほど素人だった坪内さんは、漁師たちを束ねる“ボス”になったのだ。

坪内さんの中に生まれた確信

一方、事業計画をまとめるため、漁業の現状についてリサーチするうち、坪内さんの中である確信が生まれた。それは自身の生い立ちに関係する。坪内さんは子どもの頃から化学物質に過敏に反応する体質で、添加物を受け付けなかった。

人一倍、食べ物に敏感だったからこそ、初めて萩大島で魚料理を食べたときの感動が忘れられない。「息子はもちろん、すべての未来を生きる人たちに、萩で獲れる新鮮で安全な魚を食べてもらいたい」、その思いが事業のビジョンにつながっていく。

萩大島の風景

萩大島の風景。萩市内からはフェリーで約25分かかる(写真:『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』©︎畑谷友幸)

事業計画を立てるのは初めてで苦労したが、2011年3月、農林水産省に計画書を提出。その内容は主力であるアジとサバはこれまで通り萩の市場へ出荷するが、網にかかったスズキやイサキなどほかの魚は船団丸ブランドの鮮魚セット「粋粋(いきいき)BOX」として漁師自らが詰め合わせ、消費者へ直接販売する、というものだった。

こうして船団丸は中国・四国地方の水産関係で「六次産業化法」の認定を受けた初めての事業者となったのである。

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