人類史上、今はもっとも平和な時代である 人類は絶え間なく戦争をやってきた

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また彼は「世界には道徳があふれすぎている」と言い、「人間の道徳感覚は、どんな残虐行為にも、その行為を犯す人の頭のなかに言い訳をもたらせる」と警告している。道徳教育の強化を始める前に、ピンカーの言葉に耳を傾ける必要があるかもしれない。名誉のために人を殺すことも殺されることも珍しいことではないのだ。

暴力を見る目を大きく変えたのは、17世紀の科学革命から18世紀末の啓蒙主義にいたる「人道主義革命」である。

それまでの戦争は、カエサルのように勇ましく「来た、見た、勝った」と喝采するものだったが、その後は「こちらは何もしなかったら、向こうが攻撃してきたので応戦した」と言い訳を要するものへと変化していく。

20世紀は“戦争の世紀”、“ジェノサイドの世紀”と形容されることも多い。確かに20世紀に起った戦争・ジェノサイドは悲劇に違いないが、戦争やジェノサイドは19世紀以前においても頻発していた。つまり、20世紀は戦争やジェノサイドが疑う余地のない悪であると広く認められた初めての世紀なのである。

残虐行為=「悪」のターニングポイント

魔女の殺害や、囚人に対する拷問という残虐行為を「あって当然」から「ありえない」へと変化させたこの人道主義革命を駆動した要因のひとつは、書籍。グーテンベルクによる活版印刷の発明を経て、17~18世紀に出版物は爆発的に増加し、それに伴い識字率も飛躍的に向上していく。

やがて読書という行為は、宗教的な本を集団で繰り返し読むことから、世俗的なものから時事ニュースまで幅広いものを個人で読むことへと変化していった。

急速な情報化は世界を一変させた(写真:terex / Imasia)

“情報は唯一のコンテンツプロバイダーである教会から与えられるだけだった、それまでの小さな村という部族社会から、さまざまな人や場所、多様な文化やアイデアが次々に通り過ぎる走馬灯のような体験へ。

こうした精神の拡大が、人びとの感情や信念に人道主義的要素を吹き込んだのだ。”

本書(『暴力の人類史』スティーブン・ピンカー〈著〉)では、暴力に関する神話のベールが次々と剥がされる。パクス・アメリカーナやパクス・ブリタニカのような「専制的平和」を求める声も確かにある。しかし統計データに信を置けば、「米英のいずれかが世界に冠たる軍事大国だった時代のほうが、多くの大国のうちのひとつでしかなかった時代と比べて、とくに平和だったわけではない」ことがわかる。

ほかにも、1973年の妊娠中絶法が1990年代の米国の暴力犯罪低下をもたらした、という『ヤバい経済学』で広く知れ渡った説の欠点や多くの学者が認めたがらない「割れ窓理論」の真の効能を指摘するなど、世界を見る目のウロコがぼろぼろと落ちていく。

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