33歳がんで逝った男が投じた闘病記への重い一石 2013年に消失した痕跡が2021年に復活した理由

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<正直に言うと、葬式という場に行くのが怖いのだ。それは、近い将来に執り行われるであろう、自分の葬式を連想させるからだ。きっと、Sさんの遺影や遺体を見て、オレは自分の姿をそこに見ることになるだろう。写真立てのフレームの中に不自然にトリミングされモノクロに加工されて微笑んだりした痛々しい表情の自分の遺影を見ることになるからだ。涙を流している遺族の姿に、オレの遺族の姿を見ることになるからだ。
ただでさえ、精神的な負荷に耐えている状況なのに、これ以上の負荷をかけたくはない。また、葬式というものが持っている雰囲気、磁場が病気のオレにはとても恐ろしいものに感じる。死というものに引き込まれそうな恐怖を感じるのだ。
怖いのだ、死そのものを見せつけられるのが!>
(2004年10月15日「長い別れ 下」/32歳ガン漂流エヴォリューション/Internet Archive)

暗い感情に飲み込まれたくない。熱中していたい。本を出したい。晩年の奥山さんの意識はそこに集中していったように映る。

<極端ないい方をすれば、本を出す前は自分の人生に対してだけでなく文章を書く人間として大いに未練があった。病気で死ぬことは仕方のないことだとしても、生涯の仕事として文章を書くことを選んだのに自分の本を一冊も出すことなくこの世を去ることになるとは! 死ぬという事実に対する恐怖や悲しみより、その胸にわき起こってくる無念さの方が強かった。
しかし、本を出した後はもう死んでもかまわないと思った。自分が死んだとしても、確実に本は残る。
(略)
本を出す前は「本なんか出さなくてもいいから、健康な身体で長生きしたい」と考えていた。しかし、本を出した後は「死んでもいいから、本を出したい」という考えに変わった。>
(2004年10月29日「本を出すということ 下」/32歳ガン漂流エヴォリューション/Internet Archive)

死の3日前に小説を刊行

2004年11月。33歳の誕生日を迎えて間もなくしてTEKNIXは100万ヒットを達成し、書き下ろした小説は原稿用紙換算で520枚にも及んだ。痛み止めにモルヒネを使うようになったが、一人暮らしで執筆活動にいそしむ生活は変わらない。ベッドから起き上がれない日も寝ながら小説の推敲作業を続けた。

小説『ヴァニシングポイント』

小説の名は『ヴァニシングポイント』。消失点という意味で、奥山さんの自伝的な要素を多分に含んだ作品だ。マガジンハウスから4月21日に刊行する予定だったが、ゴールデンウィーク直前を避けるために一週間早めた4月14日の発売となった。3月には『32歳ガン漂流エヴォリューション』が牧野出版から刊行されており、奥山さんの著作が月を連続して書店に並んだことになる。

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