自分らしいキャリアのつくり方 高橋俊介著

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自分らしいキャリアのつくり方 高橋俊介著

本書を読むと、世間で考えられている「キャリア」が、いかに誤解、勘違いに満ちているかを知ることができる。「キャリア」は狭義には職業人生を指すことが多いが、人間は職業人であると同時に家庭人でもある。その両方のバランスでキャリアが作られる。

しかし「ワーク・ライフ・バランス」を経営施策とする企業は、労働時間の短縮などの数字を目標として設定していることが多い。「ワーク」と「ライフ」がバランスした状態に近づけることが自己目的化している。

著者によれば間違っている。人生にはさまざまな時期がある。「ワーク」を優先してスキルを磨く時期があってもいいし、家庭を重視し「ライフ」を充実させる時期があってもいい。

学生の就活に役立つアドバイスもある。「意思決定を無理に論理的にしようとすると裏目に出ることが多い」のだ。日本人は幼いころから、答えは1つで正解は○、不正解は×という教育を受けてきているから、キャリアに関しても無意識のうちに正しい答えを探そうとする。

大学のキャリアセンターも、自己分析に始まるキャリアデザインを学生に勧める。学生は悩み、不安に煽られているのが現在の就活だが、著者によれば、キャリアにおいては意思決定を論理的に行うことは原理的に不可能。情報量が莫大すぎる。就職ナビ掲載企業をすべて研究できないし、就職先の将来をシミュレーションしようとしても不確定要因が多すぎる。

だから直感に頼るべきだ、と説く。

直感的意思決定が、論理的な意思決定より信頼できることを証明するのが「イチゴジャムの実験」だ。

高級品から安ものまでのいろんなイチゴジャムを用意して、どれがいちばん高級品かのブラインドテストをすると、かなり高い確率で高級品が選ばれる。次に同じ実験をするが、今回は「なぜそれが高級品と思ったのか」という理由も合わせて発表してもらう。

つまり考えさせる。そうすると正解率が下がってしまう。論理的に意思決定しなければならないというプレッシャーが、直感に蓋をしてしまうのだ。

キャリアだけでなく結婚でも直感は重要だ。夫婦の満足度を調査すると、パートナー選びに時間をほとんどかけなかった人と、極端に長い時間をかけた人は、ともに満足度が低い。つまりキャリアや結婚という人生の最重要課題で熟慮を尽くしても、成功確率が上がるわけではない。

仕事を持つ独身女性とワーキングマザーの違いも同じ心理から生まれる。独身女性は、結婚・出産のネガティブなところが気になって意思決定(結婚)しない。ワーキングマザーは、働きながら子育てする不安について「うまくいかなければそのときに考えればいい」という気楽な気持ちで出産した人が多い。

つまり「デメリットは事前に見えやすいが、メリットはあとからわかる」のだ。事前に情報を集めすぎてネガティブなところばかりを見ていると、思い切った意思決定をしにくくなる。行動を起こした人だけが手に入れることができるメリットは、行動しない人のものにはならないのだ。

家庭を持つ男性ビジネスマンに関する興味深い調査がある。金井篤子教授(名古屋大学)が「あなたは家庭を大事にしていますか」という質問を「専業主婦の妻をもつ夫」「共働きの夫」「共働きの妻」の3グループをぶつけたところ、「大事にしている」という回答がもっとも多かったのは、専業主婦の妻を持つ夫のグループだった。

ところが「あなたは毎日どれくらいの時間を家族と過ごしていますか」との問いに対し、もっとも少ない時間を答えたのも同じグループだった。

専業主婦を持つ夫は、大事な家族のために経済的に支えていくのが自分の使命と思いこみ、会社人間になっているのだ。しかし妻は夫に収入だけを期待しているのではない。もっと家庭の問題を共有してもらいたいのだ。

家庭は多くのリスクを抱えている。奥さんの育児ノイローゼ、不登校の子ども、老いた親の介護……会社人間として生きてきた中高年は、このような変化にうまく対応できない。

本書ではダーウィンの言葉が引用されている。「環境が変化したときに生き残れるのは、強靱な生物ではなく変化に適応できる種」。もちろん家庭の問題だけでなく、ビジネス環境が変わることもある。どんな環境になっても局面に対応していく能力がキャリアコンピテンシーと著者は説いている。

(HRプロ嘱託研究員:佃光博=東洋経済HRオンライン)

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