インドでは、「日本の良識」は通じない 巨大国家の内実を小説の中で克明に描写

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──それにしては、水晶の買い付けの描写は詳細です。

日本の種水晶の買い付け先は主にブラジルやオーストラリアだ。ブラジルに買い付けに入っている方に話を聞くことができた。原石をいっぱい並べてある場所で石を買う商売がどういうものか、詳細に話してくれた。そこには商社は入っていなくて、個人的な売り買いの世界だった。そのときの情報に基づき、明るくて何とも豪快でしたたかな主人公の人物像が決まった。

──インドについては社会の描写も難しい。

カースト制度で分断された社会だ。オフィスで同じ釜の飯を食べようと誘っても拒否される。アウトカーストの人を実力があるからと班長にして、バラモン階級の人をその下で働かせたときにとんでもないことが起きた、ということも聞いた。そこは日本人には理解しがたい理由でいろんな壁ができている。

困るのは「やだな」と思われてしまうこと

──この本を読むと、インドでの商売に抵抗感が出ませんか。

いちばん困るのは「やだな、うまくいきそうにないな」と思われてしまうことだ。これから出張する方、駐在の方々をビビらせるつもりで書いたものではない。

──多様な異文化の舞台だけに、工夫されたところは。

全編にわたって扱ったものが手に余るほど大きいので、苦労して書いたことは間違いない。異文化が激突する話であり、そこで何が正しくて正しくないかではなくて、困難な状況の中で最悪でないものをどう選び取っていくかという筋立てで最後まで持っていくのが、書きながらいちばんきつかった。正義や理想を最初に持ってきて、そのための戦いとすればとても書きやすいが、それだと書こうとしたテーマに近づけない。

──書こうとしたテーマ?

日本人が日本的な感性、倫理観や常識を持って、神や道徳というよりは良識、人間として最低限こうあるべきだということを、日本の良識がまったく通用しない文化のただ中に飛び込んでいって貫く。そこでは、施すのではなくて、互いの利益のためきちんとした商業倫理に基づききちんとした仕事をしていく。その困難さを描き出したかった。

──フェアトレードといったやり方があります。

『インドクリスタル』角川書店(1900円+税/541ページ)

企業がこれだけの利益を上げなければ、としたときに、フェアトレードはなかなか難しい。基幹部ではできず、企業のイメージ戦略になってしまう。品質のよさといった差別化をはっきりしないと。単に現地の人々の生活を保障する、正しいことをやっているからこの値段で、というだけでは説得力を持たない。

──アジアが舞台の著作は続きますか。

次はインドネシア。今ちょっと暗礁に乗り上げ、もう一度勉強のし直しかなと思っているが、日本人が海外に出ていく話をここしばらくは続けたい。

──次回作は。

今年の終わり頃の刊行で『帰れない風景』(仮題)を考えている。雑誌での連載は完結した。昭和50年以降から現代までの男女の交流を描く家族小説みたいなもの。不慮の死を遂げる男性とその娘の視点を交互に書きながら、私なりの昭和・平成史になればいいと思っている。

塚田 紀史 東洋経済 記者

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つかだ のりふみ / Norifumi Tsukada

電気機器、金属製品などの業界を担当

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