「陰謀論の魔力」に感情を操られてしまいがちな訳 「物語」そのものに内在する「副作用」とは何か

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したがって、最終的にはプラトンも物語そのものを理想国家から追放することは諦めた。その代わりに彼が提案したのは、理性を極めた哲人王が統制する国家によって、すべての物語が管理・独占されることであった。このプラトンの理想は、現代の中国やロシアなどの権威主義的国家に受け継がれて、テクノロジーの力によって実行に移されているところである……という見方もできる。

もちろん、民主主義社会に生きるわたしたちは「国家による物語の支配」を支持したり許容したりするべきでない。ストーリーの悪影響や副作用に対抗するために民主主義に残された最大の武器とは「科学」である。自然科学にせよ人文科学にせよ、査読や自由な批判という手続きのうえに成り立つ学問的な営みは、どれだけ出来のいいストーリーであっても徹底的に検討したうえでそこに含まれる虚妄を白日の下にさらして、物事についての知識や問題への対処方法を冷静・中立・客観的に検討することを可能にしてくれる。……ただし、学問が的確に機能するためには、学術界に携わる人々の間に多様な価値観や考え方が存在していることが必要とされる。

ゴットシャルが危惧しているのは、アカデミシャンがジェンダーや人種や性的指向などのアイデンティティーの問題をめぐるストーリーに影響を受けているために、誰もが同じようなイデオロギーを持ってしまい、学問が機能不全を起こして大衆からの信頼を失うことだ。

意見や判断の根拠をストーリーに置いてはいけない

最後に、個人としてのわたしたちが実践できる対処法を紹介しよう。それは、フィクション作品やドキュメンタリー番組などの物語を鑑賞しても、自分の意見や判断の根拠はストーリーに置かないことだ。

たとえばなにかの映画を観て社会問題に関心を抱くのは結構なことであるが、その問題について意見を主張する前に、(できれば学者によって書かれた)本を何冊か読んでおくべきである。あるいは、たとえ物語に感動したとしても、「この感動は、ストーリーテラーが魅力的な物語を作成したことにより、自分の感情が意図的に操作された結果として起こったものであるのだな」とメタ的に認知する冷めた視点を忘れないようにしよう。そうすれば、「悪い物語」に巻き込まれて自分や他人の人生を台無しにしてしまうことも、「よい物語」の副作用を受けてしまうことも予防できる。

結局のところすべてのストーリーが「感情」を操作するものであるとすれば、他人によって操作された感情を自分自身の「理性」によってさらにコントロールすることで、わたしたちは物語の魔力に対抗することができるのだ。

ベンジャミン・クリッツァー 批評家

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Benjamin Kritzer

1989年京都府生まれ。2014年に大学院(修士)を修了後、フリーターや会社員をしながら、ブログ「道徳的動物日記」を開始(2020年からは「the★映画日記」も開始)。批評家として、倫理学・心理学・社会運動など様々なトピックについての記事をブログやWebメディアに掲載。著書に『21世紀の道徳 学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える(犀の教室)』(晶文社、2021年)、論考に「ポリティカル・コレクトネスの何が問題か アメリカ社会にみる理性の後退」(『表現者クライテリオン』2021年5月号、啓文社書房)、「ウソと「めんどくささ」と道徳」(『USO 3』、rn press、2021年)などがある。

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