この後の年の春だったと思うが、松下電器のテレビ事業部から、担当役員、事業部長、技術者数名が、松下幸之助のところへ、新製品の試作品を持ってやってきた。松下の前で、次々に担当者が担当した技術、またこの試作品のいいところを熱心に説明する。
合間合間で、担当役員が「よろしいでしゃろ」など、また、事業部長も、控えめながら、「はい、ここが今までと違って、改良されているところでございます」と、全員の息がピッタリ合って、説明する。私も、その説明を聞いていた。ひと通り、終わると、担当役員は、誇らしげに「ほんま、皆、ようやりましたわ。よろしいやろ」と言った。
小一時間ほどの説明が終わると、松下が、おもむろに立ち上がり、その試作品を抱え込むようになで回し、また、背面を覗いたりして、「これは、きみたちの説明の通り、よう出来てるわ。これはお客さんに、きっと喜んでもらえるな」と言って、席に戻った。役員以下、緊張の表情から、喜びの表情に変わった。
余談になるが、松下が、立ち上がって、試作品のテレビを両手でなでた、と既述したが、この時だけではなく、どの試作品も、松下は、まるで赤子でも抱えるように、両手で触るのがつねであった。技術者に聞くと、「あの姿を見たとき、私たちの努力が報われたと感激します」と言っていた。
お客さんの立場で考えんといかんな
それはさておき、話を元に戻すが、席に戻った松下が、笑顔の担当役員、事業部長、技術者たちの顔を見まわしながら、尋ねた。
「製品がいいのはわかった。ところでな、きみたち、このテレビをいくらで売ろうと考えとるんや」。
担当役員が「ま、18万円ぐらいを考えとります」と答えた。そのとき、松下は「うん？18万円か」とつぶやいた。瞬間、事業部長が、定価18万円の内訳を説明し始めた。松下の顔を見ると、じっと事業部長の顔を見つめている。言葉も発しない。
「･･･ということで、市場販売価格は、18万円となります」という説明が終わった直後に、ドアが開いて、女子社員が、お茶を運んできた。その女子社員がお茶を配り終わって戻ろうとすると、松下が、その女性社員を呼び止めた。
戸惑う彼女に、松下はテレビを指さしながら、「あんた、このテレビ、見てどうや。形はいいか」「画面に映っている色はどうか」「チャンネルを回してみてくれや」など、いくつかの質問。彼女は、目の前にいる人たちが、なんのために来ているのか、わかっているから、悪いとは言わない。「いいと思います」としか言わない。当然である。
しかし、それは、松下は先刻ご承知。最後に、「あんたな、このテレビ、あんたが買うんやったら、いくらで買うかな」と聞いた。この質問には「いいと思います」では答えにならない。ためらっている彼女に「かめへん、そのまま言ってくれや」と言う松下の言葉に後押しされるように、彼女が、おずおずと答えた。
「12万円でしょうか」
松下は「ありがとう、ほんなら、もうええわ」と言葉を掛け、彼女は、ホッとしたように部屋を出ていった。
「なあ、きみたち、いまの、聞いたか。きみたちは、これこれこれだけかかりました。ですから18万円ですと言うけど、お客さんは、きみたちの説明を聞くわけではない。このテレビを見て、今の子のように考えるわけや。わかるか。お客さんの立場で考えんといかんな。きみたちの立場で、考えたらいかんな。なんでもそうやで。一度、この品質、性能をまったく落とさず、12万円でできるやり方を考えてくれや」
この言葉を聞き、担当役員以下、恐縮しつつ、退出していったのを覚えている。
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