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保険業界の新しい将来像と日本の保険会社の進路 青木 計憲(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

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日本の保険会社が勝ち残り、
世界を制する業界に仲間入りするために

日本の保険業界では、ほんの15年強前(1998年)に自由化が起こったため、日本の保険会社は、欧米企業に比べて自由競争の歴史が圧倒的に短く、競争していくケイパビリティに圧倒的に未熟な部分がある。したがって、ベストプラクティスの注入によってファンダメンタルなギャップを埋めるとともに日本の保険会社ならではの差別化能力を再度見極めて、今から強みを創造する必要がある。

世界規模で見た日本の保険会社の強みは、強固な財務基盤・リスク管理能力(ERMではなく、あくまでも過剰なリスクを選好しないという保守的なリスク管理)である。リーマンショックの際に、日系保険会社のダメージが少なかったことを思い出してみれば、ご納得いただけるのではないだろうか。

一方、資本の有効利用の仕組みは欧米に比べて弱いと見受けられる。財務基盤が強固である強みは日本のような成熟期の市場では有用であるが、アジアや米国などの成長市場においては、資本の成長を抑制してしまう恐れがある。

また、生保の営業職員チャネルのホスピタリティとその日本的なマネジメントは、日本の保険会社が世界に誇る1つの差別化能力であり、一部の諸外国では有効性が見えているものの、文化の異なるさまざまな国にどの程度通用するのか、確証はない。生損保両者の現在のディストリビューションは、戦後から高度成長期にかけて未浸透であった保険を普及させるために最適な方法として発展したものだが、今ではゆでガエルのリスクのように、消費者の期待とのギャップが起こりながら各社ともなかなか抜本的な変革を講じることができない現状である。

では、日本の保険会社は前述した「マルチボーダレス」「リスク・トランスミューテーション」といった熾烈な環境において、どのように勝ち残り、また、世界のリーダーとなることができるのであろうか。ジャック・アタリが述べたように、保険業界が産業を“(良い意味で)支配”するために、保険業界の方向性や取り巻く環境を予測しつつ、企業の取るべきkey pointsについて考察したい。われわれはそのカギが、①「ディストリビューションの差別化」、②「データ分析・リスク予知能力」、③「グローバルガバナンス」であると考えている。

①ディストリビューションの差別化

保険業界では、多くの保険商品のコモディティ化とテーラーメード化の二極化が今後ますます進んでいく。とりわけコモディティ化した商品を扱う保険会社が多くを占めると考えており、顧客と自社にとってベストミックスとなる「ディストリビューション」戦略の検討が求められる。実際、海外保険会社のCxOの関心は「ディストリビューション」に向かっている。

ほかの業界に比べて、保険業界では特に顧客エクスペリエンスへの対応が遅れている。顧客接点のデジタル化に関する顧客の満足度も他業界より低いという調査結果が出ており、顧客とのギャップは広がる一方である。逆にその領域において抜きんでることができれば、企業にとっては、差別化を実現するチャンスとなる。欧米ではITの投資領域はすでにデジタルからポストデジタル(モバイル、SNS、クラウド、IoT)にシフトしており、この進んでいくポストデジタルの世界では、顧客エンゲージメントモデル(注意喚起、感動、購買意欲の駆り立て、販売への動線を複数の顧客接点でシームレスに描くモデル)が必要であるが、日本の保険業界はその領域に達していない。

ディストリビューションの差別化には大きく「横方向」と「縦方向」の差別化がある。横の差別化とは、すなわちグローバル化であり、国内のレッドオーシャン化した市場から、海外に打って出るということである。一部の日本の保険会社は、グローバル志向を強めているが、AXAやPrudential UKといったグローバルプレーヤーに比べると道半ばであるといえよう。

次に縦の差別化であるが、これは国内チャネルの複層化・進化を意味する。消費者にとって商品の認知、検討、購買、そしてその後の契約保全と、ステージによって自分の好きなチャネルを使い分ける「複層化」はもはや当たり前の習性となっている。ここで差別化のカギとなるのが、顧客エンゲージメントモデルとテクノロジーである。各社のターゲット顧客を複数のセグメントに分け、それぞれに対して顧客エンゲージメントモデルを構築する。さらに人間とテクノロジーを組み合わせて有効活用することで、透明性と信頼性を高めることが必要になる。

日本の保険会社もこれに対して顧客接点の高度化やデジタライゼーションなどの数々の試みを実施しているが、根本的にチャネルごとの縦割りの対応から抜け出せていない。確かに今後も、戦後から日本の保険会社を支えてきた営業職員や代理店といった属人チャネルがマジョリティを占めることに変わりはなく、利便性と日本特有のホスピタリティのバランスを保つ、もしくは進化させることで、他社と差別化を図る道もある。しかし、真の顧客中心主義を実現していくためには、他チャネルの育成に努めることが必要である。

その際には、チャネル間のコンフリクトが発生することが想定される。日本の保険会社はチャネルが軸となり戦略を練り、各チャネルがそれぞれ成長を追求するための組織設計がなされてきたため、同一組織でチャネル戦略を検討すると、おのずとチャネル間の意見対立が発生しやすいからだ。チャネル間のコンフリクトを最小限にするためには、あわせて組織戦略の見直し(ホールディングス化)なども必要となるだろう。このような対応によりポストデジタル技術をうまく利用し、顧客特性を捉えた適切なセグメンテーションを設定し、最も効果的なチャネルミックスを実現できる企業が生き残る。今まさに大きな転換期であるといえよう。

②データ分析・リスク予知能力

データ分析・リスク予知能力も重要なkey pointとなる。すでに米国では顧客から収集した情報を「攻めのリスク管理」や「営業改革」「商品開発」に活用し、成功している事例(Predictive modeling=予測モデル)が多くある。また、顧客から収集した情報に加え、オープンデータを活用したデータ分析は、今後日本でも急激に広まり、進化するとわれわれは考えている。その成功のカギは“Small start”“Act fast”にある。実際、先行する多くのケースでは、本社内のニッチな領域や小規模な海外子会社などから取り組みを開始している。プロジェクトの成否が短時間で確認できるからだ。

また、近年は技術進展が著しく、あれこれ迷っている間に導入しようとした技術や手法が陳腐化し、他プレーヤーから1~2周遅れになってしまうため、まずは実行してみるという姿勢も重要である。GoogleやAmazonなど、すでに入手したデータをマーケティングに活用するモデルを確立している異業種が、そのデータ解析技術と圧倒的なカスタマーベースを活かし、保険業界の「破壊的イノベーター」として参入してくる可能性がある。デジタル世代に生まれた企業は、STP(Straight Through Processing)化、セルフサービス、ウェブ完結モデル、効率的な販売モデルなどがすでに低い事業費で運営できるだけでなく、データの統合が進み、ビッグデータ分析に十分な経営リソースを投入できる状態となっており、優れたリスク選択による損害率の低下に向けて動いている。これらの企業は周辺業界や欧米に存在しており、日本の保険会社にとっては脅威である。かの有名なウォーレン・バフェットは保険事業を「投資事業のための資金調達手段」と位置づけ、世界最大の時価総額の保険会社をつくりあげた。今後は保険事業を「本業のためのデータ収集の手段」と位置づけ、新たに参入するプレーヤーが生まれるかもしれない。状況は待ったなしである。

③グローバルガバナンス

海外展開に成功している日本企業は、事業の核となる技術・サービスを海外に移植し、この核を握ることで海外子会社をコントロールしている(自動車のエンジンなど)。しかし保険に関しては、各国・各地域によって、核となる商品、販売網、サービス網の形態が異なるため、事業の核を日本から移植することでのコントロールは難しく、純粋にマネジメント能力によって、海外子会社をコントロールしていく必要がある。

このマネジメント能力によるコントロールは、厳格な権限と結果責任ではなく、合議制でコンセンサス至上主義を形成し、責任を曖昧にしがちな日本型経営で実現することは難しく、いまだ成功している日本企業は少ない。日本企業には、権限を持っていながらもさまざまな調整を経て、“何となく”合意形成をしながら物事を決めていく「しきたり」がある。これでは海外から優秀な人材を本社の重要なポストに登用したところで、言語の問題は別としても、機能しない。結果、経営幹部に登用する人材の母集団が日本人に限定されてしまい、世界中から優秀な人材を集める海外のグローバル企業には勝てない。したがって、日本の仕事のやり方である「職人型ガバナンス」からグローバルプレーヤーのやり方である「ルールベースの世界」へ足を踏み出す必要がある。

この3つのポイントを実行していくためには、縦割り組織を解消すること、今までと違うスキルセットの人材を採用・育成すること、そして、新たな機能を促進させる組織体系を整備していくことが必要となる。既成概念を打ち砕くことに抵抗しないイノベーションが生まれる企業体質、企業家精神を発揮できる人材・組織環境も重要になるだろう。欧米の保険会社に見られる、データアナリティクス本部、予測モデル分析本部、グローバルガバナンス本部、マルチディストリビューション本部などの組織を設置することも重要な検討テーマとなる。

新しい将来像を実現するために
保険業界全体で取り組むべきルール変革

ここまで述べてきたkey pointsを突き詰めていく際、保険業界は早晩、ルールや規制(保険業法など)を変革せざるをえない状況に向かうだろう。環境が日々変化するなかでは、市場ニーズを踏まえた上で、自分たちに有利な環境づくりを提言し、必要であれば新たなルールの形成など社会や業界を巻き込んだムーブメントを起こし、それをリードしていくことが健全な企業マネジメントである。以下に、日本がグローバルで生き残るために必要なルール変革の例を示す(図表2)。

①ビッグデータをビジネスに活かすための法的枠組みの整理

保険テレマティクス(Active risk managementやPredictive modeling)や顧客遺伝子情報(死のビッグデータ)を活用した保険商品などがうまく開発できるような枠組みをつくる必要がある。現在の個人情報保護法やマイナンバーなどの検討の方向性では、ビジネスに利用することが展望できず、負担だけ大きく、効果が出ていない。こういった点でビジネスモデルのイノベーションが海外と比べて著しく劣後する。

②スマートシティ、ポストデジタル社会における法体系の整備

事故が起こった場合、その責任は誰に帰するかを整理していく必要がある。責任が重くなる事業者には保険加入を義務づけるといったことは、保険業界が世界を制していく流れの1つでもある。

③イノベーションを促進するための監督当局による商品、新事業認可態勢の改革

現状においては消費者保護、金融システムの健全性維持が重視されているが、業界自体のイノベーション促進といった視点も重視されるべきである。たとえば、旧態依然としたビジネスモデルで業績が悪化した会社を延命させ、またそのような会社が最後の悪あがきでダンピングをするといったことは業界の発展にマイナスであり、業界の新陳代謝を促進しなければならない。

保険会社のミッションは、単なる企業活動だけではなく、より安全な社会の形成に貢献することになり、不確実でリスクの複雑化する時代のなかで、社会が進むべき方向性を示す道標としての役割を担っていくことになるであろう。保険会社が「金融サービス」の域を出て、情報技術を駆使することで社会のリスク低減を実現し、その社会的ベネフィットを収益源とするソリューションプロバイダとしてのビジネスモデルを確立したとき、保険会社が世界を制する時代が来る。このような時代に向け、日本の保険業界が一丸となって取り組み、また前述した個社での取り組みに資本とリソースを配分していくことによって、世界を制する保険業界のなかで日本の保険会社がリーダーとなっていくことを切に期待している。

参考文献
・ジャック・アタリ、林昌宏訳『21世紀の歴史』作品社。

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