中学生アート破損事件「見せる」と「守る」の難塩梅 過剰な防護策を取れば、鑑賞性は損なわれる

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真っ白な美術作品に来場者が落書きをした事件が起きたのは、「第8回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展」(昨年6月1〜6日)が開かれていた上野の森美術館(東京)でのことだった。

6月3日、山本雄教さんの作品《White noise #10​​》の画面に、男性の来場者がペンのようなもので勝手にサインを書き込んだのだ。連絡を受けた山本さんが確認した話では、その男性は作品の前で、まるで自分が作者であるかのような振る舞いをしたうえで、近くにいた別の客にまで書き込むことを促していたそうだ。

展示室にいた監視員が慌てて近づき、作者本人かを問うと「これは自分の作品だ」という旨を答えたうえで書き込んだといい、止めるのは困難だったという。書き込んだ人物はそのまま逃走し、現在も捕まっていない。

山本雄教《White noise #10》の展示風景(事件前、上野の森美術館「第8回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展」=2021年6月1〜6日より、写真:山本氏提供)

落書きで成立しなくなった作者の意図

《White noise #10》は、インクをつけていないペン先で白い紙をなぞり、筆圧で凹凸をつけることを表現にした作品だった。離れたところからは白い紙にしか見えず、間近に寄ると凹凸が浮かび上がるので何かが描かれていることがわかる。いわば、人間の知覚を呼び覚ます作品だった。

ところが、白く見えることが重要であるこの作品に文字を書かれてしまうと、作者の意図は成立しなくなる。鑑賞者の目が落書きをされた文字のほうに行ってしまい、凹凸への集中力がそがれるからだ。

美術館から連絡を受けた山本さんは損傷の状態を確認し、会期中の修復が不可能との判断から、残り期間の展示を中止した。犯人が捕まっていない今、落書きの真意は依然として不明だ。山本さんは「この件を少しでも前向きに捉えられないかと考え、作品はそのままの状態にしているが、心は晴れない状態が続いている」と話す。

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