退任するフィリピン大統領が6年間で残したもの 民主主義の価値観を軽視しても国民には愛された

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歴代の大統領と同様に「貧困撲滅」を掲げ、経済成長をめざして「ビルド(build)・ビルド・ビルド」の掛け声でインフラ整備に力を入れた。税制改革や外資誘致をねらう政策にも取り組んだ。概ね正しい軌道に乗っていたが、残念ながら2020年からのコロナ禍で多くの施策が停滞し、現段階では結果を出したとは言えない。

次期政権は、ドゥテルテ氏の路線継承を宣言している。新政権の経済チームの人選は手堅くみえる。追って成果が出るかもしれない。

容疑者を司法手続きなく処分

一般のフィリピン人に最も評価されているのは、治安の改善だとされる。実際、犯罪認知件数や統計的にまぎれの少ない殺人件数ともに減少している。国家警察のみならず、世界銀行のデータでもコロナ前の2017年、2018年にはそれぞれ前年比2割以上の減少を示した。マニラ首都圏では夜でも安心して歩けるようになったとの声も聞く。

治安改善は、公約の1丁目1番地である「麻薬撲滅戦争」の副産物といえる。政府はこの間、200万人以上の薬物中毒者が更生し、30万人以上の容疑者を逮捕、640億ペソ(約1600億円)相当の違法薬物を押収したと成果を強調する。一方で、公式発表だけでも6235人が捜査の過程で殺害された。人権団体によると実際には2~3万人が死亡し、多くは司法手続きを経ない超法規的殺人だった。

ドゥテルテ氏は選挙前、「(就任後)3カ月から半年で麻薬犯罪を一掃する」と宣言していたが、2021年12月の演説では「1分ごとに、バカなやつが同じことを繰り返すので撲滅することはできなかった」と未達を認めた。退任を1カ月余り後に控えた5月12日、大統領は「あと3人から5人の麻薬王を殺害するよう取り締まり当局に命じる」と述べた。

何をいまさら、と感じたのは私だけではあるまい。殺された容疑者のほとんどが末端の売人か使用者で、麻薬王と呼ばれる元締めが摘発された例はごくわずかだ。麻薬の主な輸入元は中国とみられるが、中国政府に取り締まりを求めた形跡もない。

さらに言えば、長男のパウロ・ドゥテルテ下院議員が麻薬密輸の黒幕との疑惑が持ち上がり、上院に召喚される事態になったが、うやむやのまま解明は進まなかった。

旅券発行や出入国管理など一部の行政サービスで窓口の迅速化や効率化が進んだと好感されている。大統領が声高に訴えた「汚職阻止」に関連して、規律を損ねた公務員を罷免すると繰り返したことも影響したとみられる。

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