日本の格付け見通しを「ネガティブ」に変更した理由《ムーディーズの業界分析》

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 とはいえ、世界的な金融危機前に達成されたような形で再び削減されないかぎり、多額の赤字のリファイナンスは長期的なリスク要因である。日本におけるリファイナンスの規模は、11年度でGDP比35%に相当し、これはIMFが予想するGDP比8.9%の財政赤字と、26.1%の償還債務分である(図表3参照)。これは、スペイン(Aa1)、ポルトガル(A1)、アイルランド(Baa1)よりはるかに大きい。

しかし、国内投資志向が維持されるかぎり、日本は、神経質な海外投資家や、資金提供と同時に圧力をかける外国金融機関や市場に依存する必要がない。世界的な金融危機の教訓の1つは、市場、特に国境を超える市場は、危機に直面すると即座に資金引き揚げの姿勢に転換するということである。それに対して、日本政府は、表に示したとおり、リファイナンスニーズの高さにもかかわらず、極めて低いコストを維持できている。

ムーディーズは、日本政府の財政が未知の領域に突入し、低コストの資金調達が困難となる可能性のある転換点が2つあると考えている。1つは家計貯蓄に関して、もう1つは対外収支の経常黒字に関してである。前者は中期的な懸念要因である。

これらは、いずれも短期から中期的に深刻なリスクとはならないようにみえる。人口動態要因と所得増加の停滞によって、家計貯蓄率は過去10年間で著しく低下し、08年にわずか2.2%に達し、その後、09年に5.0%まで回復したが、この水準が当面は続くであろう。しかし、既存の残高が大幅に増加することはない。多額の財政赤字の継続によって総公的債務が増大し、約5年以内に家計金融資産を上回る水準となるリスクがある。それによって日本国債のリスクプレミアムが上昇し、民間投資のクラウディングアウトが起こり、財政と経済のスパイラル的な悪化が始まる可能性がある*3

ムーディーズは、経常黒字が短期的に赤字に転じることはさほど懸念していない。IMFは、黒字は向こう10年間継続するとみている。家計貯蓄がマイナスに転じ、輸入が輸出を上回ったとしても、対外純資産、政府および企業資産からの所得収支によって、黒字が維持される可能性がある。

09年時点で58%の対外純資産は先進諸国の中でも最大で、ドイツの28%より大きく、格付けAaのスペインおよびイタリアは対外純債務国である。事実、対外資産からの所得収支が、貿易収支よりも経常黒字に大きく貢献している。

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*3 Berkmen, S. Pelin, January 2011, “The Impact of Fiscal Consolidation and Structural Reforms on Growth in Japan,” IMF Working Paper No. 11/13, page 9

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