「日本で一番火星に近い男」、宇宙への道程 NASA基準をクリアする日本人(下)

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村上は火星探査について「ゼロから南極観測を始めた一次隊の人が経験したようなこと」と表現する。(撮影:今井康一)

村上によると、人間が火星に行く場合、別々の軌道で動いている地球と火星の距離が最も近づくタイミングを計って地球を出発しても、火星まで片道270日かかる。当然、一度火星に降りてしまうと、地球に戻るには次に火星と地球が近づくタイミングまで待たなければいけないが、それに約4年かかる。その4年間、否が応でも火星で「生活」しなくてはならないことに村上は引かれたのだ。

「火星や月に人が定住するということは、まったく何もないところに新しい暮らしを築いて、次に来る人のためによりどころを作る役割です。火星の環境にたたきのめされるんでしょうけど、それは僕にとってすごく未知な領域だし、宇宙基準の選考のなかで僕がこれまで学んできたこと、経験したことが通用するのか、自分の立ち位置を知りたいと思いました」

もちろん、「MA365」が直接火星につながるものではないが、NASAに勤める「The Mars Society」の関係者が北極に惑星探査基地を作っていたり、NASAとともにもうひとつ別の火星基地生活のシミュレーションをオーガナイズしているなど、火星とまったく無関係ではない。

村上は腕試しの気持ちもあって「MA365」の最終選考に応募したところ、適性検査や面接などの選考を経て合格。冒頭に記したように、世界中から選抜された21人のひとりになった。

2週間の共同生活で最終選考

乾燥した砂漠地帯でも、屋外活動では宇宙服を装着しEVAと呼ばれる船外活動を行う(写真:村上祐資)

最終選考は昨年12月、ユタ州の砂漠に建てられた模擬火星基地で行われた。基地は直径8メートルの円塔形の2階建ての建物で、1階がラボ、2階が居住空間になっていて、屋外活動をする時には必ず宇宙服を装着する必要がある。

19人は3チームに分かれ、2週間、主催者から与えられた役割を果たしながら共同生活を送った。村上が参加したチームCrew144にはアメリカ人3人とイギリス人、ブラジル人、フィンランド人がいて、国籍もバックグラウンドも多彩なメンバーだったが、学生時代に模擬宇宙閉鎖実験で1週間、南極では15カ月間も閉鎖環境での生活を体験してきた村上に焦りはなかった。

「閉鎖空間のような特殊な環境では、調子が狂ったあとにチューニングし直すのはなかなか難しいので、最初からある程度、自分の身心をコントロールしておいたほうがいい。最終選考でも、最初からコントロールすると決めて、必要以上に頑張らないよう、常に8割の力を出すように意識していました。

一度頑張ってしまうと、周りからそのレベルを期待されてしまう。期待されるのは大切だけど、言われたらなんでも頑張るというのは間違いだと思うんです。自分とのバランス、周りとの兼ね合いで考えることが重要です」

Crew144には、村上ほど閉鎖環境に慣れている人間はいなかった。さらに「最終選考試験」という条件も重なり、“火星生活”が始まって間もなく、メンバーに変化が訪れた。

基地での生活は、大きく3つに分かれる。午前中は宇宙服を着てEVAと呼ばれる船外活動を行い、午後は、基地のメンテナンスや1日の活動報告と翌日の行動計画をレポートにまとめるというデスクワークが入る。そして19時から21時にキャプコムという地球のサポートチームと交信の時間があり、それぞれのレポートを発表する。

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