1人当たり潜在成長率、高める構造改革が必要--河野龍太郎・BNPパリバ証券チーフエコノミスト《デフレ完全解明・インタビュー第12回(全12回)》

1人当たり潜在成長率、高める構造改革が必要--河野龍太郎・BNPパリバ証券チーフエコノミスト《デフレ完全解明・インタビュー第12回(全12回)》

要点
・日本経済の問題はデフレ期待よりもゼロ成長期待
・「異例の金融政策」の長期固定化は資源配分を歪める
・規制緩和を進め、人口減少に対応可能な制度改革を


──日本経済の長期低迷の理由をどう見ますか。

失われた20年といわれるが、二つの背景がある。2000年ごろまでの停滞の原因は不良債権問題、バランスシート問題。02年ごろに、銀行への厳格な会計基準の適用で、過剰債務問題の整理が行われた。

しかし、今度は経済の老化という問題が現れてきた。1998年ごろから生産年齢人口の減少が始まり、00年代に入って加速し、今や年率1%減になっている。

かつては、人口減少は労働供給制約で、インフレ要因だと思われていた。だが、実際に起きたことは人口減少による国内売り上げの低迷から、企業の成長期待が低下し、設備投資、雇用が抑えられて、消費が抑制、総需要の低迷で需給ギャップが悪化するという現象だった。人口減少による内需停滞が見過ごされていた。

02~07年にかけて輸出ブームによる景気回復が起きて、こうした経済の老化による内需低迷問題が覆い隠されてしまった。輸出ブームはリフレ政策によりもたらされた。01年3月からの量的緩和に、03年の溝口善兵衛財務官による大規模な為替介入が加わった。これはまさしく円安政策だった。円キャリートレードで資金が海外に流出し、米国、欧州の住宅バブルやクレジットバブルの拡大を助長した。現在の米国がやっていることと同じだ。

この政策は、当時、私自身もやるべきだと主張していたし、輸出主導の回復という効果もあった。だが、金融危機対応の政策であるはずが、「インフレ率がプラスになるまで」と言って続けてしまった。これは間違いだった。03年には危機的な状況を脱し、05年には景気の回復が鮮明になったが、その後も異例の政策や超低金利政策を継続したことで、欧米のバブルを助長し、同時に輸出部門で過剰設備を生み出した。

──リフレ派はもっと続けるべきだったと言っています。

副作用がなければ続けてもよい。金融政策は潜在成長率には中立で、一般物価だけを押し上げるとされるが、長期に固定化すれば、バブルの生成や過剰設備の蓄積といった資源配分に歪みが生じる。また、金融政策や財政政策のようなマクロ安定化政策は付加価値を生むわけではない。当時は輸出を刺激したが、家計からは超低金利で利子所得を、超円安で実質購買力を奪った。

 主要先進国で唯一、デフレに陥っている日本。もう10年以上、抜け出せないままだ。物価が下がるだけでなく、経済全体が縮み志向となり、賃金・雇用も低迷が続く。どうしたらこの「迷宮」からはい出し、不景気風を吹っ飛ばせるのか。「大逆転」の処方箋を探る。 お求めはこちら(Amazon)

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