公立の学校で「STEAM Lab」を実現できた訳

戸田市立戸田東小学校・中学校は、校舎の建て替えを経て、2021年4月に施設一体型の小中一貫校として開校した。このタイミングで、小学校も中学校も利用できる教室として設置されたのが、「STEAM Lab」だ。その名のとおり、Science、Technology、Engineering、Art、Mathematicsの要素を盛り込んだ「STEAM教育」の拠点として位置づけている。

戸田市立戸田東小学校・中学校のSTEAM Labの入り口

同市教育委員会は、21年6月にインテルと「STEAM教育ならびに21世紀型スキル育成教育の推進に関する覚書」を締結して共同研究を始めている。その取り組みの1つがSTEAM Labというわけだが、インテルをはじめさまざまな企業の協力を得て、ハイスペックPCを21台、3Dプリンターを3台、ロボットカーを10台、大型掲示装置、動画編集ソフト、3D-CADソフトなどを導入し、充実したICT環境を整えた。

昨年度、戸田東小学校は、STEAM Labを主に「総合的な学習の時間(以下、総合学習)」で活用した。小学3・4年生は「Scratch」やロボットカーを使ったプログラミング授業を実施。小学5・6年生は3D-CADソフトや3Dプリンター、動画編集ソフトを使用し、GIGA端末を通じて外部講師の有識者からオンラインでアドバイスを受けるほか、PBLの成果物も制作した。戸田東中学校では総合学習のほか、パソコン部の生徒が部活動紹介の動画編集などにも活用したという。

企業の協力で新設したSTEAM Lab(左上)、3台の3Dプリンターにもプロが使用するクリエーティブなソフトを搭載(右上)、インテル第11世代Core i5と32GBのメモリーを搭載したPCと4K27インチのモニター(左下)、10台のロボットカー(右下)

22年度、戸田東小学校は文部科学省の教育課程特例校に認定され、新設教科等「しののめタイム」の中でSTEAM Labを活用している。新設とはいえ生活科や総合学習に当たり、昨年度の実践を踏まえてさらにPBL型の学びに特化した形で展開していくという。戸田東中学校も授業時数特例校制度を利用し、時数を増加した総合学習の中でSTEAM Labを活用していく。

「小中9年間の教科横断的な学びを通して、OECD(経済協力開発機構)のEducation2030が示すエージェンシー(自分で考え、主体的に行動し、責任をもって社会変革を実現していく姿勢・意欲)を踏まえた『課題発見力』『論理的思考力』『解決実行力』を育みます。最新テクノロジーの活用をいっそう強化しながら、個別最適な学びと協働的な学びを両輪に、子どもたちが新たな価値を創造するSTEAM教育に取り組んでいきます」と、戸田東小学校教務主任の清水亨氏は話す。

「STEAM Lab」で児童たちに見られた変化とは?

ゴールデンウィーク明けに、戸田東小学校5年2組の「しののめタイム」を見学した。3Dプリンターが、課題解決を実証研究する手段の1つであることを学ぶ授業だ。3D-CADソフトでデザインしたプレートを3Dプリンターで出力する。

担任教諭の有泉孝一郎氏が冒頭で簡単に「めあて」などを確認すると、早速作業がスタート。児童たちは3D-CADソフトを使うのは今回が初めてだというが、驚くことにほとんどの児童が上手に作業を進めていった。

有泉氏は、見守るように室内を回っていく。使い方も、自ら教えるのではなく、作業が進んでいる児童に「説明をお願いします」と委ねていたのが印象に残った。

ペアで作業。得意な児童がほかの児童に使い方を教える場面も見られた(左)、児童の様子を見て回る有泉氏(右)

小さな作品でも出力には30分以上かかるため、この日にプレートを仕上げた児童はいなかったが、出力が始まった途端、児童たちは好奇心あふれる様子で3Dプリンターに集まってきた。

室内の中央にある3Dプリンターの様子を確認しに集まる子どもたち

授業の終わりに児童たちからは、「大人になったときに、仕事でこのようなことを行うイメージができた」「難しい部分もあったけれど、楽しかったのでこの経験を将来に生かしたい」など、前向きな感想を聞くことができた。

「まだ年度始めなので今日はやや一斉授業のような場面もありましたが、実はこうしたスタイルはまれです」と、清水氏。2021年度のSTEAM Labでの授業風景について、次のように語る。

「つねに児童がPCと向き合っているわけではありません。教室で話し合うグループもあれば、外に出て調査を行うグループもいますし、3D-CAD ソフトでデザインをするグループ、3Dプリンターで成果物を実証するグループなど、活動は児童たちの判断によってさまざま。STEAM Labが機能し始めると、この場が課題解決するための選択肢の1つになっていきます」

ちなみに児童たちがあちこちで活動するので、教員は各場所を巡回していくという。教室から離れられないときは、教室とSTEAM Labをオンラインでつなぎ、質問がある児童とはチャットでやり取りするそうで、ICTが日常に溶け込んでいる姿がうかがえる。

戸田東小学校 教務主任の清水亨氏

STEAM Lab内の機器やソフトは、社会人が使うような高性能なもの。例えばハイスペックPCは1人1台のGIGA端末よりも起動が速く、画面も大きくきれいなことは児童たちにとっても魅力のようだ。21台の配備なので1クラス分には満たないが、「必然的にペアで作業をすることになり、それが協働的な学びにつながっています」と清水氏は言う。

とくに公立校での配備が珍しい3D-CADソフトと3Dプリンターは、子どもの創造力を高めた。「やはり段ボールで成果物を作るのとは大きく違いますね。3Dプリンターは修正も簡単で、実証研究にかける時間は大幅に短くなったのではないでしょうか」(清水氏)。

例えば昨年度は、小学6年生のグループが、「雨の日に荷物がある中、傘を差すと手がふさがってしまうので怖い」という悩みを解決するために、ランドセルに傘を固定するパーツを作った。筆箱を落とさないように机に設置できる筆箱を制作した児童や、同市のプレゼンテーション大会において医療従事者のためにワッペンを制作した児童もいる。

ランドセルに傘を固定するパーツ(左)、医療従事者のために制作したワッペン(右)
(写真:戸田東小学校提供)

STEAM Labは教員の許可さえ取れば、基本的に自由に出入りができる。そのため昨年度は、休み時間に3Dプリンターを利用する児童も多かったという。一方、評価はどう行っているのか。清水氏は、こう説明する。

「独自のルーブリック表に基づき児童が自己評価をしており、それを教師が共有し、中間報告会や年度末の全体発表会まで見取ります。児童には、日頃から課題が『自分事』になっているか、解決が可能か、相手にとってプラスが生まれるのかといった点をチェックするよう伝えており、最終的にそこが網羅できているかを評価します」

ただ、教員側がICTの可能性について伝えきれていない部分があるという。教員はSTEAM LabにあるICT機器の使い方については全員研修を受けているが、今後高めるべきはそういった機器活用の技能ではなく、「ファシリテートの力」だという。「視野の広さや、子どもたちに多くの引き出しを持ってもらうための声がけのスキルを身に付けていかなければなりません」と、清水氏は考えている。

22年度は、ある企業と大学と協力して、ドローンを使ったプログラミング学習を予定しているが、こうした新しい学びを児童の学びにどう落とし込んでいくかも課題だという。

「大切なのは、学んだことをどう使って課題解決に結び付けるのかということ。教師の考えを押し付けず、児童の思考をどのように広げるか、具体的にはプログラミングとPBLをどのように融合できるかが、今後の課題になると思います。また、STEAM教育の『A(アート)』の部分を大事にし、例えば動画編集や作曲アプリなど、表現方法も広げていってあげたいです」(清水氏)

「ワクワクする学び」で「知的好奇心」の育成を

戸田市は、「戸田市SEEP(Subject、EdTech、EBPM、PBL)プロジェクト」という独自の教育改革を進めており、産官学で連携して約70にも上る先進的な取り組みを実施してきた。この改革を牽引してきた同市教育委員会教育長の戸ヶ﨑勤氏は今、GIGAスクール構想の第2フェーズの取り組みの1つとして、「STEAM教育の基盤づくり」に力を入れている。

「児童・生徒に1人1台のGIGA端末は整備されましたが、高度なテクノロジーを扱うにはスペックが不十分です。しかし今後は、データの利活用やプログラミング、デジタルコンテンツの制作などのスキルも当たり前に求められる時代。そのため、子どもたちが本物のテクノロジーに触れられる環境を整えたいと思いました」

戸田市教育委員会 教育長の戸ヶ﨑勤氏

その思いに賛同したのが、インテル代表取締役社長の鈴木国正氏だ。ワクワクする学びを子どもたちに提供して知的好奇心を育成したいという点で意気投合し、同社の協力の下、STEAM Labの設置がかなったという。

「モデルケースとなるSTEAM Labは、高度なテクノロジーを自由自在に使える、ワクワク感が満載の空間になりました。本市ではGIGA端末の導入によりパソコンルームが廃止されていますが、他校にもこれからの時代にふさわしいメディアルームを作りたいと思っています」(戸ヶ﨑氏)

しかし、今回のSTEAM Labは企業の協力により無料で作ることができたが、市の予算で賄うとなると難しいという。機器の管理や保守点検の問題もある。戸田東小学校・中学校は協力機関と保守管理を行っており、「教員だけでは限界があるので、外部との連携は必要だと思います」と清水氏は話す。

「予算獲得には国のバックボーンがないと難しい。また、本市は子どもの人口が増えており、学校内に新しくSTEAM Labを作る場所がないのも問題です。しかし、他校の子どもたちにも同じように学べる機会が必要です。実際、市民からもそういった要望がすでにあり、戸田東小学校・中学校でのエビデンスを基に予算化に向けて動いていきたいと考えています」(戸ヶ﨑氏)

(文:酒井明子、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:風間仁一郎撮影)