「まともな会社で働いた事ない」45歳男性の闘争 深夜残業に一方的な減給、パワハラ、即日解雇…

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ハルキさんはずっと「働き続けることができない自分」を後ろめたく思ってきたという。とくに最初に正社員として就職した飲食店を1カ月で辞めたことがコンプレックスだった。「なんで自分はいつもダメなんだろうと思い続けてきました」。

しかし、最近は「悪いのはちゃんとした雇用がないことではないか」と考えるようになった。きっかけは、3年ほど前に政府が就職氷河期世代向けの支援策を本格化させたこと。支援の恩恵を直接受ける機会はなかったが、「自分は就職氷河期世代なんだと知ることで、すいぶん気が楽になりました」とハルキさんは振り返る。

要領のいいほうではないし、人付き合いも不得手だという自覚はある。それでも悪いのは法律を守らない会社のほうではないか。「自己責任ではなかった」と思えたことが、悪質な会社に立ち向かうエネルギーになったという。

京アニの事件はひとごとではない

ハルキさんは現在、障害者枠で働いている。一度病んでしまったメンタルは簡単には回復しない。月収は約15万円。ただここ1年ほどは障害年金も受給している。実家暮らしでもあり、最近は趣味の1つであるアニメ観賞にお金をかける余裕もあるという。

取材で会った日も、夕方から好きなアニメのイベントに参加すると話していた。「響け! ユーフォニアム」という吹奏楽に打ち込む高校生を描いた作品だという。アニメ制作会社「京都アニメーション」が手がけた代表作の1つである。

私たちの会話は自然と、京都アニメーションのスタジオが放火され、社員36人が亡くなった事件のことに及んだ。殺人罪などで起訴された青葉真司被告はハルキさんとほぼ同世代。裁判はまだ始まっておらず、事件の詳細はわかっていない。ただハルキさんは「大勢の人が亡くなった事件は絶対に許されないことだけど、(犯人のことは)ひとごとじゃない」と考えてしまうことがあるという。

マンション管理会社の社長から罵倒され、明日から来るなと吐き捨てられたあの日。ハルキさんの頭をよぎったのは、発電機用に倉庫に保管されていたガソリンタンクのことだったという。ハルキさんは声を潜めてこう打ち明けた。

「一歩間違えれば……、彼は僕だったかもしれない」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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