ウクライナでの戦争を歴史家が楽観視しない理由 「1979年の危機」が今世界に突きつける教訓

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ロシアが中国に武器と糧食を求めたために、アメリカの国家安全保障問題担当大統領補佐官ジェイク・サリヴァンは中国の外交担当トップ楊潔篪(ヤン・ジエチー)に、ロシアが西側諸国の制裁をかいくぐるのを助けようとする中国企業があれば、その企業自体も制裁の対象となる、と脅しをかけた。

この脅迫が中国を躊躇させたのか、それとも、プーチンの肩を持つことを促したのかは、まだ知りようがない。もし中国がロシアの戦争遂行努力の梃入れをすれば、攻囲戦がずるずると続くだろう。

最後に、西側の各国民の慢性的な注意欠如障害も懸念される。私たちは今、燃え尽きたロシア軍の戦車や、ウクライナのTB2無人攻撃機の動画といった、ぞっとするものの思わず見入ってしまう映像や、ゼレンスキー大統領の感動的な演説などに釘づけになっているが、これほど強い関心をどれだけ長く抱き続けられるだろう?

ドイツの有権者の89パーセントは、ウクライナの人々のことが心配だ、あるいは、非常に心配だ、と言っている。だが、エネルギー供給の中断についても66パーセントが、ドイツの経済状態の悪化についても64パーセントが同じように心配している。

世界は今、1カ月前よりもなおいっそう深刻なインフレ問題を抱えており、国内の日常生活に直結する問題はたいてい、はるか彼方の国々の危機に優先するものだ。

私たちはあとどれだけ長く注意を向けていられるだろうか? もしキーウの攻囲戦が何週間もだらだらと続いたら? あるいは、停戦が実施され、それから破綻し、再び実施されたとしたら? はたまた、ドネツク州とルハンスク州の境界をめぐる交渉があまりに退屈なものになったとしたら?

「歴史が転換し損なった歴史の転換」

イギリスの歴史家A・J・P・テイラーは1848年の革命を「歴史が転換しそこなった歴史の転機」として切り捨てたことで有名だが、要するに私は現状がそれと同じことになりはしないかと恐れているのだ。

つまるところ、キーウが陥落しても、民族の政治的独立がロシアの戦車によって蹂躙された最初の首都とはならない。1956年のブダペストや1968年のプラハを思い出してほしい。

そして、私たちの当初の憤りが薄れ、無力感に変わり、やがて記憶から抜け落ちたとしても、それはけっして初めての出来事ではない。

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