「プーチンの本性」を見破れなかった西側の誤算 歴史家が恐れる世界が「大惨事」へと至る筋書き

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ウクライナで繰り広げられている光景には、みな覚えがあるはずだ。色を消し去れば、第2次世界大戦中の東ヨーロッパの白黒写真と見分けがつかないことだろう。

フランスの思想家で私の勇ましい友人のベルナール=アンリ・レヴィがオデーサ(オデッサ)に向かう途中で書いたとおり、これは「悲惨な20世紀の再来」だ。

たしかにこれは、戦争と戦争の合間の終わりのように感じられる。ただし、今回は2つの世界大戦ではなく2つの冷戦の合間ではあるが。

ロシアという粗暴なクマの再来――そして、アメリカという老い衰えつつあるワシの、お世辞にも感心できない対応――は、ヨーロッパの平和はアメリカ人がお金を払い、ロシアのガスで調理した、無料の食事であるという幻想を粉々に打ち砕いた。

1989年に発表した「歴史の終わり?」という論文で一躍有名になったアメリカの政治学者フランシス・フクヤマは、ロシアの「完全な」敗北を自信たっぷりに予測して私を驚かせた。

「ロシア軍の戦線崩壊は突然、壊滅的なかたちで起こりうる」とフクヤマは書いている。「軍が敗北を喫したら、プーチンは生き延びられない」。

しかも、「ロシアが敗れれば、『自由の新生』が可能になり、グローバルな民主主義の凋落状態にまつわる失意から私たちを救い出してくれる。1989年の精神は生き続けるのだ」。

1989年に目立っていた2つのできごと

彼が正しいことを心から願うものの、私はそこまで楽観していない。1989年のことは鮮明に覚えている。あの年の夏の大半をベルリンで過ごしたからだ。

あのとき目立っていたことが2つあった。第1に、あの年に中央ヨーロッパと東ヨーロッパを席巻した革命のうねりは並外れて平和的だった。3年後になって初めてユーゴスラヴィアで、共産主義の終焉が戦争を引き起こしただけだ。

第2に、そのような転機は中国にはついに訪れなかった。あの国では、1989年は天安門広場での大虐殺の年だったのだが、今になって振り返れば、中国で共産主義が生き延びたのは、エルベ川以東で共産主義が崩壊したことよりも重大な歴史的現象だったと言える。

今日私がフクヤマよりも悲観的なのは、ウクライナの人々がじつに勇敢に祖国を防衛していることに疑問の余地はないとはいえ、彼らが持ちこたえる力が過大評価されているかもしれないことを恐れるからだ。

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