避難民の飼い犬「狂犬病予防法の特例措置」のなぜ 農水省「リスクが上がるわけではない」と説明

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狂犬病は咬まれることで感染するので、もしそれが確認された場合には、すぐに狂犬病ワクチンを接種し、1カ月間隔離して感染がないか経過観察するそうです。また、狂犬病を発症した動物が発見された際には獣医師が現地に向かい捕獲し、動物病院で死に至るまで隔離するそうです。

筆者の友人はウクライナ渡航時に動物病院に行く機会があり、そこで狂犬病を発症した猫を見ています。「猫とは思えない恐ろしい形相で、狂ったように鳴き叫び、あらゆる場所に咬み付く姿はあまりに不憫。すぐ身近なところに狂犬病ウイルスが存在することに驚いた」と話していました。

ウクライナ侵攻以来、多くの飼い犬や飼い猫などが迷子になったり、置き去りにされたりして放浪しているとの報道があります。前述のリュドミラさんは、「感染リスクが上がっているので、そのうちみんな狂犬病に感染してしまうのでは」と懸念しています。これが狂犬病発生国であるウクライナの実状なのです。

NIID(国立感染症研究所)によると、「狂犬病は一度侵入し流行すると、その撲滅に莫大な時間と費用がかかり、また多くの命が犠牲になってしまいます。疾学的には集団の70%以上が予防接種を受けていれば感染症の流行を防ぐことができると言われています。狂犬病の予防接種は重要です」としています。

近年、日本では接種率が年々低下し、犬の登録総数の約70%でギリギリのラインにとどまっているといわれています。未登録犬を加味すると接種率は約40%との見方もあります。国内では狂犬病は撲滅したとされているため、飼い主の危機意識が低いのです。

しかしながら、今回の検疫特例を考えると、狂犬病の予防接種を受ける重要性を真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

今回の措置では100%安全ではない

4月28日、ウクライナ避難民が連れてくる犬について、日本獣医師会が避難先での健康観察など獣医師を派遣して無料で支援すると発表しました。(1)マイクロチップ装着(2)ワクチン2回接種(3)抗体価の確認の3つが揃えば、「狂犬病に感染している可能性は極めて低いと判断される」と指摘しています。しかし、「極めて低い」だけで、100%安全ではないのです。

今回の検疫特例では、前例を作ったことになります。前例ができた以上、同様の事態で避難民が連れてくる犬や猫などの受け入れをNOとは言えなくなります。

現在までに5頭の犬が入国しているに過ぎませんが、その数が増える可能性もあります。そうなれば、管理はより難しくなります。それでも検疫特例を適用し続けるのでしょうか。今後のためにもあらゆる事態を想定し、検疫特例の再検討がなされることを強く望みます。

人道支援は大切なことです。命からがら日本にたどり着いた避難民には、心安らぐ穏やかな日々を過ごしてほしいと多くの人が願っています。しかし、政府が国民の代表として考え、実行する人道支援は、「国民の安全が守られる」という絶対的な前提のもとに行われるべきではないでしょうか。

阪根 美果 ペットジャーナリスト

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さかね みか / Mika Sakane

世界最大の猫種である「メインクーン」のトップブリーダーでもあり、犬・猫などに関する幅広い知識を持つ。家庭動物管理士・ペット災害危機管理士・動物介護士・動物介護ホーム施設責任者・Pet Saver(ペットの救急隊員)。ペットシッターや保護活動にも長く携わっている。ペット専門サイト「ペトハピ」でペットの「終活」をいち早く紹介。豪華客船「飛鳥」や「ぱしふぃっくびいなす」の乗組員を務めた経験を生かし、大型客船の魅力を紹介する「クルーズライター」としての顔も持つ。

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