歴史修正主義はアジアの分裂をもたらす 「日本のリベラリズムの危機」を考える<2>

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皮肉にも、米国の4つの街に慰安婦像を設置するきっかけをつくったのは、朝日新聞ではなく、安倍首相にほかならない。これらの慰安婦像の建設を呼びかけた朝鮮系アメリカ人は、慰安婦の動員に関して物議を醸した安倍首相の2007年の声明に反応したのだ。慰安婦像の設置を推進していた主要団体には、安倍首相の二枚舌とも言えるコメントを激しく非難した下院議決になぞらえて、「121」と自称する団体がある。

最近の安倍首相のスタンドプレーを見る限り、日本は慰安婦に対して与えた恐怖についての責任から逃れようとして、かえって国家の威厳を損なっているように思える。21世紀において、戦争中の女性への暴力は重大な国際的懸念だ。そしてその懸念は日本の市民社会団体が共有する懸念でもある。女性をだまし、性奴隷となることを強制することは、世界全体が抱える問題なのだ。日本はその責任をはっきりと認め、慰安婦女性たちの人生を破滅させたことに対して謝罪と法的な補償を公式に行い、いまなお続くこの問題に対処する国際的な取り組みをリードすることによって、地位を高めることができるかもしれない。

しかし、安倍首相はむしろこの問題に関して日本を国際社会から孤立させる言動をとっており、彼のあいまいなごまかしに関わりたくないと考える親交国もこの問題を扱いづらいと感じている。

村山談話からの逸脱

天皇は道徳的な権威としての考えを述べている。1月5日に伊勢神宮で開かれた2015年第1回目の安倍首相の記者会見ではこのことがはっきりと示された。この会見で安倍首相は、天皇の所感に対する応答とも思える言葉を述べた。安倍首相は、戦後70年を迎え、反省の意を表す声明を発表し、日本が戦後の平和主義国家として果たしてきたアジア太平洋地域の平和と繁栄への貢献を強調する意向を示した。また、村山談話を踏襲するという従来からの約束を繰り返し述べた。

1995年の談話において、村山首相は、日本が植民地支配と侵略によってアジアおよび諸外国の人々に「多大な損害と苦痛」を与えたことを認め、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を示した。この談話は第二次大戦に関する政府の公式見解となっており、1995年以来ことあるごとに呪文のごとく唱えられている。安倍首相は、世界平和への貢献に率先して取り組むという日本の意向にも言及する可能性があることも示唆した。だが、安倍首相の言う積極的な平和主義は、国家の軍事組織に関する憲法の制限を無視し、米国との安全保障協力を強化するための口実だと多くの日本人は考えている。

70回目となる終戦記念日の談話に関する懸念には、2013年8月15日の安倍首相の談話が関係している。この年の談話で安倍首相は、アジアにおける日本の侵略について反省の意は表明せず、戦争の放棄についても誓約しなかったのだ。

これら2点に言及しなかったことは、村山談話の方針から大きく逸脱するものであり、これによって安倍首相の意図に対する追求の目はさらに厳しくなった。たとえば、米国の議会調査局は、予想外の安倍首相の談話に関する報告書を発表し、安倍首相が村山談話から大きく逸脱するならば、未解決の歴史問題をめぐってアジア地域に敵意を呼び起こす恐れがあることを強調した。

村山談話からの逸脱は、韓国を交えた3カ国での安全保障体制を強化しようという米国の取り組みを妨げ、中国を不必要に刺激する恐れがあるのだ。

米国議会調査局は、慰安婦に関する1993年の河野談話がどのように編集されたかを調査するよう政府の諮問機関に委任した際の安倍首相の責任に言及した。この委任が河野談話を否定するための取り組みであるのは明らかだ。さらに議会調査局は、安倍首相が2013年の国会で「侵略」という言葉には再解釈の余地があることを示唆した発言を引用した。

2013年4月の国会で、安倍首相は「侵略」という言葉についてあいまいな答弁を行い、村山談話を全面的には支持しないと述べた。この詭弁にはアジア諸国から批判が集まった。日本軍が戦時中に行った行為をはぐらかすことによって安倍首相が戦争責任を回避しようとしているように映ったためだ。

したがって、伊勢神宮での発言において安倍首相は天皇の言葉の重要性を理解していることをある程度表明したものの、菅義偉官房長官は、安倍内閣が“基本的”には過去の内閣の歴史問題に対する立場を継承すると説明しながら、修正の可能性を否定せず含みを持たせたのだ。

(構成:ピーター・エニス記者)

ジェフリー・キングストン テンプル大学(日本校)教授

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Jeff Kingston

日本在住のリベラル派の政治学者。専門としている分野は、現代日本と現代東南アジアにおける政治経済と社会史、アジアの地方主義、対立と和解、法律と社会変化など。 論説や書評は、International Herald Tribune, Wall Street Journal, Financial Times, Japan Times, Bankok Post などに掲載されている。

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