(第54回)ミキモト式・生涯現役長命術(その2)

山崎光夫

 真珠王・御木本幸吉は長命な実業家だった。
 78歳のとき、90を越えてなお矍鑠(かくしゃく)としている渋沢栄一を信奉し、自分もあやかりたいと願い権威ある医学者を訪ねた。

 その相手が勝沼精蔵(かつぬませいぞう・1886~1963)で、名古屋大学医学部の教授、名古屋大学総長を務めた学者である。血液学、神経病学の第一人者だった。西園寺公望の主治医を任せられ、文化勲章も受章した。

 勝沼は御木本に長寿のための4つの秘訣を伝授した。その経緯が、『漢方医者の眼』(寺師睦宗著)に紹介されている。

1、生きる意欲をもて
2、年とともに仕事の幅を狭くして行け
3、夜中には尿瓶(しびん)を使え
4、小魚を骨ごと食べよ海藻類を摂れ

 心身両面からの至言だった。理に適った4項目である。

   私(筆者)には特に、3の「夜中には尿瓶を使え」が気になった。還暦を過ぎてから夜中の“トイレ立ち”は欠かせなくなっている。多いときで3回はお世話になる。
 ほとんどの中高年者にとって、男女を問わず夜中のトイレ立ちは厄介で切実な問題である。睡眠中とあって、寝床から立ち上がった際のふらつきに悩まされるのも珍しくない。暗い中での転倒のおそれもある。転倒は骨折に結びつき危険極まりない。
 特に、冬季は寒くて布団から出るのさえ面倒。また、トイレから戻って再度寝ようとしても目が覚めて眠れない場合も多い。何回も往復すれば不眠症に陥るのは当然といえる。
 中高年者の夜間トイレ立ちは深刻な問題である。

   一昔前、私は老人病院の内科医から、
 「看護婦と付添婦の違いは何だと思う?」
 と聞かれたものである。当時はまだ介護保険制度がなかった。
 「尿瓶の口を温めて用意しておくのが付添婦。
 そのまま冷たい尿瓶の口を押し付けるのが看護婦だ」
 気配りの違いと尿瓶の意義を指摘したかったようだ。

   この尿瓶だが、デパートを含めた介護用品売り場では普通、「尿器(にょうき)」と表現している。主流は相変わらず旧来からの楕円形のボトルで、片方に採尿口の開いた形式。おおむね無粋な半透明のプラスチック製である。

 私の知人は2リットル入りの酒パックを尿器として転用して重宝しているという。このアイデア、独身なので可能な方法であるらしい。だが、パックを転倒させると寝床の周りが“大洪水”に見舞われて一大事となる。

 一昔前まで、尿瓶の話を私は他人ごとのようにきいていたが、今となっては団塊の世代にとっての一大テーマのような気がする。潜在需要は膨大なものがある。粋で美しく、しかも実用的な尿器が開発されたなら飛ぶように売れるだろう。

 御木本翁は真珠のネックレス普及を目指し、
 「わしは世界中の女性の首を絞めるのじゃ」
 としゃれのめしていたが、新機軸の尿瓶が開発されたなら、
 「これは真珠より光輝く」
 と賞賛するだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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