「社員の汗を思い浮かべて、経営をせんといかん」

常に部下を思いやる心を忘れなかった

昭和の大経営者である松下幸之助。彼の言葉は時代を超えた普遍性と説得力を持っている。しかし今の20~40代の新世代リーダーにとって、「経営の神様」は遠い存在になっているのではないだろうか。松下幸之助が、23年にわたって側近として仕えた江口克彦氏に口伝したリーダーシップの奥義と、そのストーリーを味わって欲しい。(編集部)
 

 

 私がPHP総合研究所の経営を担当するようになってから数年経った頃だったと思う。同僚のN氏と東京での仕事が終わり、京都に戻ることになった。一緒の新幹線に乗って帰ろうということになり、17時の新幹線に乗るため、16時50分ほどにホームに立った。まだ、10分あるから、二人して、弁当と飲み物を買った。私は、アルコールはほとんど飲まないから、ペットボトルのお茶を買ったのではないかと思う。彼は、弁当と缶ビールを二つ買って、ドアの開いた新幹線に乗り込んだ。

私は、座席に座るやいなや、ペットボトルのキャップを開けて、お茶を飲んだ。弁当を食べようかと、N氏をみると、N氏は、そのまま、座っているだけ。缶ビールを開けようともせず、弁当にも触れない。

「Nさん、ビール、飲まないの?」と声をかけると、「いやあ、まだ、5時15分前ですから」と言う。PHP総合研究所の終業時間は、17時15分であった。「まだ、15分、あります。いま、部下が仕事をしていますから、5時15分過ぎるまで、ビールは控えます。飲むのは、30分(17時30分)ぐらいにします」とにこやかに言う。

N氏の言葉を聞いて、私は、ハッと思った。確かに、そうだ。会社では、社員たちが、仕事をしている。社員が見ていないからといって、終業時間前に、弁当を食べたり、缶ビールを飲むのは、指導者として、これは、すべきではない。弁当を食べようとしている自分に恥じ入ったことを覚えている。

N氏は、使命感が強く、正義感もあり、部下への思いやり、心配りも行き届いた上司だった。それでいて豪放なところもあった。多くの部下から敬慕されていた。そういう部下を思う心が、部下が見ていないところでも、きっちりと示されている。私は、N氏に対する信頼感をますます強くさせた。数年後、N氏は、常務になった。

松下幸之助も同じように、部下の汗を忘れることはなかった。

断り切れず引き受けた区会議員選挙

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松下に、政治家の経歴があることを知っている人は、少ないのではないか。大正7年、28歳のとき、近隣の人たちの熱心な推挙によって、大阪市此花区の区会議員に立候補している。

「いままで、この町内から、議員を出していないから、今度はこの町内から出そうということで、有志の間で決まった。ついては君がひとつ町内のために候補に立ってくれないか」との勧誘に、松下は、再三再四、断るが、ついに断りきれず、引き受ける。

そのとき松下は、京都で静養していたから、実際の運動は、有志の人たちが進めることとした。新人、そして、20名の定員で28名の立候補だから、当選はおぼつかないとはじめから思っていたが、あまり有志の人たちが熱心に運動してくれるので、20日ほど自分も一生懸命に運動したと話してくれた。

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