「震災」を機に会社を辞めた人たちの思い 働かないオジサンは「死ぬこと」と真摯に向き合うべき

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51歳でそば打ち職人として独立したYさん夫婦も、住まいの近くでの多くの人との助け合いや、人とのつながりを実感したという。誰もがそういう物語を持っている。

また落語家になったTさんの言うように、誰もが「少しの違いで自分も死んでいたかもしれない」と感じたり、「もし自分が崩れた家の下敷きで生き埋めになったとしたら、何を考えただろうか」と自問した。死の観念的なイメージが、現実的な考察に転化したのである。

立ち位置を変える

会社で働く人間が抱えている課題を単純化すると、「仕事に注力するか、家族や自身の生活を大切にするか」ということになろう。そのため、仕事を中心にして頑張ると決めると、もう片方の自分の生活や家族を排除するようになりがちである。

しかし、そういう対立するものを切り捨てた仕事中心のスタイルは、ある意味、平板で変化に乏しい。また、脆弱なものになりがちである。

この連載でも、「こころの定年」という概念を示して、中高年以降には、老いることや死ぬことも視野に入れて働くことがポイントになると述べた。この後半戦をくぐり抜けるためには、今まで自分を支えてきた考え方を切り換えるか、または従来の思考法では受け入れられなかったものと向かい合う体験が迫られる。

若いときには、まず自己を確立する必要があるが、中年期にはもうひとひねりが求められているのである。「立ち位置を変える」と言っていいかもしれない。働かないオジサンから脱出するには、これがポイントである。

「人はひとりでは生きられない」「人はいずれは死ぬのだ」

立ち位置を変えるためのヒントとして、震災が転身のきっかけとなった人たちの発言が意味を持つ。先ほど述べたように、誰かのお世話になったという物語。もうひとつは、死ぬこと、生きることを真剣に語ることである。

老い方も死に方も、各人各様なので、どのように立ち位置を変えるかは、各自が見つけなければならない。しかし多くの転身者の話を聞きながら考えていくと、結局は、この2つのポイントに帰着するように思えるのである。

会社員生活に引き直すと、ひとつは、コミュニティとしての会社をどのようにとらえるかであり、もうひとつは、今に気をとられすぎている時間概念、時間の経過をどのようにとらえるのかの課題である。

もっと端的に言えば、「人はひとりでは生きられない」「人はいずれ死ぬのだ」ということを肝に銘じながら、会社員人生の後半戦に立ち向かうことだと思えるのである。

転身した人の話を思い起こすと、震災で語られる、誰かのお世話になったことと、死ぬこと生きることを考えることは、結局、同じなのだと思えてくるから不思議だ。

神戸出身の私も阪神・淡路大震災に遭遇したが、20年を経て、心からそう思うのである。

楠木 新 人事コンサルタント

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くすのき あらた / Arata Kusunoki

1954年神戸市生まれ。1979年京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長等を経験。47歳のときにうつ状態になり休職と復職を繰り返したことを契機に、50歳から勤務と並行して「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年に定年退職した後も精力的に活動を続けている。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表。著書に、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『定年後』『定年準備』『転身力』(共に中公新書)など多数。

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