「愛国心やナショナリズムは危険だ」という大誤解 ウクライナ問題で露呈、「大人の道徳」なき日本

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大場:あのような言説に対し、江戸時代に荻生徂徠や会沢正志斎ら錚々たる儒学者が説いた「武士土着論」を対比させるとはっきりと問題が見えてきます。

いま、産経新聞(大阪本社版夕刊)で『日本の道統』という連載を担当していまして、その中でも触れたのですが、大まかに言えば、この議論は、地域共同体を主力に、足腰の強いナショナリズムを構想しようとした際、理論的なバックボーンとして機能していたものです。天皇に対する忠誠心をかきたてて、一気に「日本」という中央集権国家を志向する観念的なナショナリズムとは対照的な発想です。同じ「愛国心」といっても、両者の想定するものの間には深い断絶がありますね。

今回の件であれば、ウクライナの人々からは、土地に対する愛着を基盤としたナショナリズムの影を見ることも不可能ではありません。しかし、あの類のコメンテーターからは、たとえ彼らが「愛国心」を打ち出したとしても、抽象的な「日本」といったイメージに対する愛着は認められても、一人一人の生活や、思い出を投影した具体的国土への思いはなかなか見えてきませんね。だから平気で降伏しろなんて言えるのでしょう。

しかし、ロシアは歴史的に土地を奪ったら絶対に返さない国です。故郷を失うということは、自分自身のアイデンティティを失うことを意味します。ゼレンスキー大統領も英誌『エコノミスト』のインタビューで「ここがわれわれの家であり、土地である」と抵抗への強い決意を述べていますね。こうしたことがわかっていないのではないでしょうか。

ナショナリズムの再評価

古川 雄嗣(ふるかわ ゆうじ)/教育学者、北海道教育大学旭川校准教授。1978年三重県生まれ。京都大学文学部および教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。専門は、教育哲学、道徳教育。著書に『大人の道徳ーー西洋近代思想を問い直す』(東洋経済新報社、2018年)、『偶然と運命――九鬼周造の倫理学』(ナカニシヤ出版、2015年)、『看護学生と考える教育学――「生きる意味」の援助のために』(ナカニシヤ出版、2016年)、共編著に『反「大学改革」論――若手からの問題提起』(ナカニシヤ出版、2017年)、共著に『道徳教育はいかにあるべきか――歴史・理論・実践』(ミネルヴァ書房、2021年)などがある(写真:古川雄嗣)

古川:帝国主義とナショナリズムという観点についていうと、そもそもこの両者が混同されているという思想状況があると思います。たしかに連続する面もあって複雑ですが、原理的には、帝国主義はナショナリズムを破壊するものであり、両者は本来、対立するものです。

わかりやすい例でいうと、日本の左翼は総じて、戦前の日本の帝国主義とナショナリズムを、もろともに批判しますね。ところが彼らは、朝鮮の三一独立運動など、植民地側の民族主義運動は肯定的に評価するわけです。それは要するに、「台湾や朝鮮のナショナリズムはけっこうだが、日本のナショナリズムはダメだ」といっているにすぎない。明らかにダブルスタンダードなんですよ。

彼らは帝国主義に抵抗するナショナリズムを肯定しているわけですから、はっきりと「自分はナショナリストだ」といわなければならないはずですし、日本のナショナリズムだって正当に評価しなければならないはずです。

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