デロイト

社会課題を成長機会に転じるルール形成戦略

國分 俊史(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

社会課題解決を起点にデザインされる国際ルールが増えており、欧米の先進企業は、世界から受け入れられようと、それらの課題解決を最前線でリードしている。グローバルで成功するために、日本企業は経営レベルでルール形成に取り組まなければならない。
國分 俊史(こくぶん・としふみ)
IT企業の経営企画、シンクタンク、米国系戦略ファームなど17年以上にわたって経営コンサルティングに従事。経営戦略、企業再建、オペレーション改革に加え、戦略の自由度と競争優位を生み出す企業の政策提言力の強化、メディア戦略や海外政府との交渉支援による新たな市場の創出にも取り組んでいる。共著にて『最強の業務改革』『最強のコスト削減』(いずれも東洋経済新報社)、その他ビジネスメディアへの寄稿多数、セミナー多数。グローバル マネジメント インスティテュート(GMI)パートナー。

「ルール形成戦略室」誕生

2014年7月7日、経済産業省の通商政策局に「ルール形成戦略室」が新設された。多極化が加速し始めたグローバル市場では、製品の性能・価格・品質の競い合いとは別の次元の「ルール形成」という戦いを日本企業は仕掛けられ始めている。今回の設立は、日本政府が、自社に有利な市場環境を企業、政府、NGOが連携してルール化を図ることによってつくり上げる“ルール形成戦略”が日本企業にもたらす破壊的なインパクトを「今そこにある危機」として認識した結果である。ここで言うルールとは国際法や国際条約にとどまらず、製品流通規制や税制優遇条件といった特定地域や国における固有の制度、特定の企業の間で取り決められた調達条件など、企業に対して規制的な効力を持つ枠組みを指す。注目すべき点は、こうしたルールは社会課題解決を起点にしてデザインされることが多くなってきていることだ。

一方で、社会課題起点のルール形成は日本企業には馴染みが薄く、戦略的に対応することはもちろん、能動的に仕掛ける組織能力が欠落している。CO2問題でも後手の対応に陥ったが、水不足問題やフードロス問題など、近年問題意識が高まりつつある社会課題起点で形成されるルールに対する日本企業の初動の遅さ、戦略性を持たない受け身の対応姿勢は競争力が大きくそがれる危険性を高めている。新興国市場はその国の社会課題の解決が当該地域の健全な市場の立ち上げになることから、欧米企業はルールの提案を政府と連携して仕掛け続け、ルールが施行されることが濃厚になってから市場に本格参入するという戦略的な行動も常識となっている。そのためわれわれも、日本企業が新興国を中心とした世界の市場成長を実現し続けるためにはルール形成戦略を推進する枠組みが不可欠であることを早くから提唱してきた。

ルール形成戦略室は、社会課題起点でつくられるルールも含め、EPA/FTAといった2国間交渉、WTO、APEC、TPP、RCEPなどの多国間交渉、国連やWBCSD(The World Business Council for Sustainable Development: 持続可能な開発のための世界経済人会議)といったマルチステークホルダー交渉において、企業と連携して能動的に日本企業に有益なルールを提案していくことをミッションとした組織である。特徴は、旧来のように業界団体での要望の事前の取りまとめが不要であることはもちろん、ルール形成の支援を要望する企業の製品や技術が普及することで、国益に先立ち、「国際貢献に資するか否か」を強く意識することにした点である。世界を納得させるルール形成を成し遂げるには、国益だけを追求する姿勢では他国からの共感を得ることは難しいことを踏まえればこうした姿勢はきわめて理にかなっているが、欧州と異なり、多国間での合意を前提とした政策協議の土壌を有しない日本においては革新的な思想である。そして、本当に深刻な問題は「こうした意気込みを持ってつくられたルール形成戦略室を活用できる日本企業の組織能力をどのようにして高めるか」である。なぜなら、ルール形成戦略室をうまく使いこなしていくには、社会課題解決に照準をあわせた全社戦略に自社のR&D戦略を整合させつつ、世界市場に対してルールを戦略的に仕掛けることができるチームや人材が不可欠だからだ。これは明らかに、旧来の渉外部が行ってきた陳情、補助金要請、地域住民や地元議員対応などとは比べものにならない次元の戦略的な思考と行動がグローバルレベルで求められる。以降では、今後早急に対応していく必要がある社会課題とルール形成の兆候を紹介した上で、社会課題解決型ビジネスへの変革の方法とルール形成戦略の推進のポイントを解説する。

  グローバル競争を勝ち抜くためのルールを作る「ルール形成戦略」とは
グローバル市場で日本企業のポジションが低下している重要な理由の1つに、“環境適応型”の戦略と比較し、“環境形成型”の戦略立案と実行能力が外資系グローバル企業よりも著しく劣っていることが挙げられる。そして、環境形成型の戦略の中でも、“政策提言力”やそれを枠組みとしてまとめていく“外交機能”を発揮し、制度や枠組みづくりを市場に対して仕掛けて競争優位を構築する“ルール形成戦略”は、日本企業が最も苦手とする戦略領域の1つと言える。

社会課題とルール形成がもたらす経営へのインパクト

世界規模でルール形成が進み始めている社会課題の代表例として、ここでは水問題とフードロス問題の2つについて、ルールの構成要素となる可能性が高い因子と、ルール形成によって想定される日本企業へのインパクトについて説明する。

〈水問題〉

最重要社会課題として水問題はもはや常識だ。コカ・コーラのインド工場が地域の水源を枯渇させているという地域住民の反対行動により、コカ・コーラが工場の操業停止を余儀なくされた事例は有名だ。だが、水問題の解決に向けて世界で協議されている国際ルールと、それが日本企業にもたらすインパクトを念頭に置き、経営戦略に今から織り込んでいる戦略性を持った日本企業は見当たらない。

水に関するルールは既に米国で運用が始まっている。米国では製品使用時の水の使用量を制限するWaterSense(ウォーターセンス)が2006 年からガイドラインとして発効され始めており、カリフォルニアをはじめとする4 州はWaterSenseで定められた水量をトイレタリー製品の流通規制にする州法へと改正した。驚くのは、日本企業ではTOTOしか対応していないのに対し、米国以上に水不足が深刻化し始めている中国の多くのローカル企業がWaterSenseの規格対応を積極的に実施していることだ。

さらに重要なのは、水不足が深刻化する地域で水を大量に使用して生産された製品に流通規制を適用し、生産拠点の他地域へのシフトを促そうとする動きがあることだ。自社の工場内の水使用量だけでなく、工場周辺の数十km圏内に存在する水源の保全が義務づけられる可能性も高まっている。このような動きを察知したフォルクスワーゲンは、ステークホルダーとの対話を通じて得た問題意識から、既に工場から半径50km圏内の水源の保全に取り組み始めた。さらには、利用した水量に応じて課税するバーチャルウォーターTAXの導入可能性も高まり始めており、日本の政府高官も世界各地で開催されているシンポジウムへの出席後にそうした可能性を指摘するコメントを出している。

水問題の議論で見過ごしがちな点は、限られた水源の奪い合いが異業種の産業間でも繰り広げられるようになることだ。食品業界と自動車業界、エレクトロニクス業界とアパレル業界というように、「ある地域の限られた水資源の利用をどの産業に対して認めるか」は、水問題が深刻化すれば地域住民にとって産業選択が自分たちの地域の未来の水資源量を決める重要な選択となる。地域の行政機構は相対的に多くの水を使用する産業を選択した場合、その産業を選択した理由を地域住民に対して明確に説明していく必要性もよりいっそう高まっていく。

こうした議論を踏まえると、末端の委託先まで含めた自社に関係する工場や資材供給業者のロケーションを洗い出し、各企業の拠点とそれらの地域における水不足との関連性をチェックしてサプライチェーンの再構築計画を進めておくことは合理的な意思決定になるはずである。われわれが調査した結果、中国やインドで近い将来深刻な水不足に陥る地域には、世界各国のエレクトロニクス産業の下請け企業の工場が集積していることが明らかになった。そして、外資系企業の多くがこうした事態に対して既に対応策を検討しているのに対し、日本企業のほとんどは水問題の視点からサプライチェーン再構築を議論できていない。最も打撃を受ける食品、農業、飲料業界ですら準備は不十分だ。日本企業は水問題が水不足地域で生産された製品に対する流通規制や税制の今後のルールを予見し、先手を打った戦略を描くことが急務である。

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