ハロワの"ブラック企業"締め出しは有効か 求人票に書かれていない真実

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だが現実には、多くの企業が労働基準法に違反している。そもそも、世の中にブラック企業があふれるのは当然だ。企業の目的は利益を上げることであり、利益を上げるためにコストを低く抑えることは必須である。労働者に支払うお金もコストの一部であり、それを減らそうとするのは、真っ当な企業努力と言える。世の中には「企業は労働者の生活に責任を持つべきだ」と考える人も多いが、どこの企業も競争の連続の中でそのような、綺麗ごとを行う余裕はなくなっている。

中には「正社員の雇用は絶対に守る」と宣言する立派な企業もあるが、そうした企業では正社員を守る代わりに非正規労働者を使い捨てにしているケースがある。そしてそれは、民間企業だけではなく、役所などの公的な職場でも同じである。そもそもハローワークも、窓口にいる職員のほとんどは非正規労働者であり、他人に職業案内をしている多くの職員が毎年、雇い止めにされて問題となっている。

もはや日本国内のほとんどの企業では、労働者の誰かしらに不利益を押し付けることが当たり前になっている。そうしなければ企業間競争で淘汰されてしまう。その状況で、多くの求職者が正社員となって安定した生活を送ることを求めてハローワークに通う。そしていい加減な求人票に釣られてしまう。

もし、「求人票と異なる条件を示されたとしても、求職者がキッパリと断ればいいではないか」と思う人もいるかもしれないが、職を探している求職者の多くは、今後の生活に不安を抱いている生活者でもある。求人票で示された条件と多少違っても、目先の仕事と賃金のために、おかしいと思いながらも雇ってもらうために、条件を受け入れてしまう人も少なくない。

このように生活のために職を求める求職者の足元を見て、有利な条件で契約して酷使し、潰れてしまえばまた求人を出して新しい人を探すというのが、問題企業のやり口なのである。

書類さえ揃っていれば無審査かつ無料で求人票を受け付けてくれるハローワークは、極めて都合がよかったが、ブラックリスト方式によって少しは問題企業を排除できるだろう。ただし、この問題解決の方向性はそれにとどまらず、そもそも求職者側が求人票に書かれた内容とはかけ離れたような、不利な条件を飲まされないようにするだけの後ろ盾を用意することに他ならない。

労基署は役割を果たせているか

厚労省にできることで考えると、労働基準監督署の権限を高め、ちゃんとした予算と人員を割き、労働基準法違反の摘発をしっかりと行っていくことだろう。「労働基準法を順守させたら倒産する会社もあるから、順守しなくても仕方ない」といった理屈がまかり通る現状を是正し、労働者に対して嘘を付いたりするようなルール違反の企業にはキッパリと退場してもらうという意思を、厚労省が明確に示す必要がある。

これらの問題は、特定の悪い企業のみを排除すれば解決するわけではない。労働者に対する不利益の押し付けが、日本の雇用システムに組み込まれてしまっている現状に対する手立ては不足している。問題企業の求人票を受け付けないことは進歩には違いないが、それはまだまだ小さな変化に過ぎない。

赤木 智弘 フリーライター

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あかぎ ともひろ / Tomohiro Akagi

1975年栃木県生まれ。2007年にフリーターとして働きながら『論座』に「『丸山眞男』をひっぱたきたい――31歳、フリーター。希望は、戦争。」を執筆し、話題を呼ぶ。以後、貧困問題などをテーマに執筆。主な著書に『若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』などがある。

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