立命館大学

世界を知って日本を理解する
新時代に立って

立命館大学

世界から見て初めて、日本がわかることもある。
世界に出たからこそ、日本人のアイデンティティを確認できる面もある。グローバルなつながりの中で日本を考える新時代がやってきた。

“外から見た日本”の情報シャワーを
浴びせ続けます

箱田 哲也 さん
(1988年 文学部卒業)
朝日新聞記者 論説委員

「新聞社に入って26年、そのうち10年間を韓国ソウルで過ごしました」と、朝日新聞の箱田哲也さんはふり返る。記者生活は鹿児島支局からスタート。3年後、異動した先が筑豊だった。かつては石炭で栄えた町が、すっかり寂れている。「日本の高度成長期を支えた地が衰退した姿をまざまざと見たようでした」。第二次大戦中に、大陸から徴用されてきた人々の歴史も知った。さらに福岡市に移り、アジアと九州のつながりをより強く意識したという。そんなことから、海外研修を打診されたとき、ソウルを選んだのだろう。

特派員としての渡韓は、1999年。日韓関係も、南北関係も、比較的良好な時期だった。4年間の勤務で最も印象的だったのは、当時の金大中大統領の平壌訪問、南北首脳会談だ。「ソウルのホテルに設けられたメディアセンターで、大統領と金正日総書記が抱き合うライブ映像を見ました。それまでベールに包まれていた金総書記の肉声が流れ、非常に衝撃的でしたね」。このとき金大統領は「これで半島に戦争が起きることはない」との言葉を残している。「素直に信じられるムードが確かにありました」。

誤解の積み重なりを防ぐ方法があるはず

ところが、ソウル支局長として赴任した2008年には、雰囲気が一変していた。北朝鮮が核実験を断行し、南北関係は冷え切っていたのだ。日韓関係も然り。それでも「韓国社会の成熟ぶりは、眼をみはるほどでした」と、箱田さんは言う。「国民所得が増加し、日本経済も停滞したためか、昔に比べれば、反日感情は100倍ほどもマシに感じられたものです」。とはいえ、日韓両国の「ボタンの掛け違い」が続いた。「李明博大統領の竹島訪問は痛恨の極み」と悔やむ。そもそも日韓とも、互いの国の実情をメディアが正確に伝えてこなかったことが、政治の疑心暗鬼を招き、内向きな行動に走らせたのではないか。「ジャーナリストのファクトの伝え方がもっと正確であれば、誤解の積み重なりを防げたはず」と自問を続ける。

そんな箱田さんは、昨年の年始の社説でキャンパスアジア・プログラムを紹介した。立命館大学はじめ日中韓の大学生計30人が、2年間にわたって3ヵ国の大学を回って学び、東アジアの次世代リーダーを育成する。「学生たちは社会的・文化的背景から対立や軋轢にさらされますが、共同生活の中で、あるいは地元の人たちに助けられて暮らすうちに、ともに生きていくことに意義を見出していくようです。こんな動きを政治にも生かすことができるのでは、と考えます」。

グローバル化の急進展に伴う痛みは、各国に共通する。だからこそ冷静に「他からどう見られているか」を意識していく必要があると箱田さんは考えている。そのためにも「“外から見た日本”の情報シャワーを浴びせ続けていくことが、当面の私の仕事だと思っています」。

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