そして日本からオトナがいなくなった 平川克美×小田嶋隆「復路の哲学」対談(1)

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小田嶋:私はこの『復路の哲学』を拝読していて、大人というのはそもそも引き算というか、「えぐれている何か」「実体として名指すことのできない何か」としてしか表現することができないものなのかもしれないな、と感じました。

これ、孫引きだと思うので正確ではないと思うんですが、サルトルが、「価値というのは、欠けている何かだ」ということを言っています。そこにあるはずなのに何か欠けているもの、それこそが価値だということですね。たとえば満月が欠けているとすれば、価値というのは月が光っているところではなく、欠けているところに宿っている。

「2日目のカレーのほうがおいしい」に似た感覚

小田嶋:社会から「大人なるもの」が失われてきたことによって初めて、私たちは大人の価値に気づきつつあるということかもしれない、と思うんですよ。

「大人がいない」ということはわかるけど、大人とは何か、どうやれば自分が大人になれるのかということはなかなかうまく言葉にできない。平川さんも『復路の哲学』の中で、「大人なるもの」の周囲を迂回するようにしながら、段々とその実像を浮かび上がらせていくような語り方をされていますが、大人って、そういうものなんですよね。

それは、たとえばラーメンを食べていて、「なんかひと味足りないぞ」っていう感覚に似ています。塩なのか醤油なのか出汁なのかわからないけど、明らかに何かが足りない。でも、何が足りないのかはわからない。

小田嶋 隆●1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍。 主な著書に『ポエムに万歳!』(新潮社)、『場末の文体論』(日経BP社)、『もっと地雷を踏む勇気~わが炎上の日々』(技術評論社)、『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)がある。

平川:わかる。カレーでもあるね、そういうの(笑)。

小田嶋:ありますね。明らかに何かが足りない。足りないんだけど、何が足りないのかわからない。ダメなことだけはわかるんだけど、どうすればよくなるのかはわからない。『復路の哲学』を拝読していて、大人って、そういうものじゃないかと思ったんです。

平川:すばらしい喩えだね。

小田嶋:私自身、「お前は大人なのか」と問われたら、話にならないくらいダメなことは、はっきりとわかっている。でも「じゃあ、お前が大人になれよ」と言われると、そう簡単ではない。ラーメンの味でいうと、これとこれを何グラムいれて、こうすればこの味が出ますよ、というほど簡単なものじゃないんです。味覚というのは、非常に複雑な感覚ですからね。

平川:「コク」って具体的に何なのかわからないけど、コクがない料理がダメだってことは誰でもわかりますからね。

小田嶋:安い日本酒とか、飲んでいて悲しい気持ちになりますよね。カレーでも、作った日より翌日のほうが、なんとなくいい味になったりしますよね。

平川:あれはたぶん、放置しているうちにいろんなゴミが混じって美味くなるんだと思いますよ(笑)。

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