IBM「シェフ・ワトソン」は何がスゴイのか 最強レシピが示す、「コンピュータの未来像」

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もし、シェフ・ワトソンに世界各国の一流シェフが持つレシピを学習させたなら、どんな創作料理が生まれるのだろう?

そう尋ねると、生江シェフは現在の料理界が抱える問題について語りつつ、シェフ・ワトソンの大いなる可能性について言及した。

「今、料理界では一流シェフを目指す”なり手”がどんどん減っています。これは世界的な流れで、クリエイティブな人材が料理界になかなか入ってきてくれません。かつては師匠は”レシピを隠し”、弟子は”味を盗む”といった関係でした。しかし、もっと料理の世界をオープンにしようという動きがあります。レシピを隠すのではなく、積極的にオープンにして共有しようというトレンドです。基本的なレシピや調理方法は共有しつつ、そこから先の創造性や芸術性で勝負しようという考え方です。そのような流れの中で、シェフ・ワトソンにレシピを提供し、シェフ・ワトソンをパートナーに新たな創造を生み出せば、全く新しい可能性が開けるかもしれません」(生江シェフ)。

人間の創造力を最大化するツール

調理を担当した西麻布レフェルヴェソンスの生江史伸シェフ

かつてのコンピュータは、記憶力と記憶した膨大な情報から正確かつ素早く情報を引き出すだけだった。もちろん、それは人間が不得手とするもので、大いに生産性を高めてくれていた。コグニティブ・コンピューティングは、そこにほんの少し、コンピュータによる”創造力”を加える試みである。

新たな発想を生み出す創造力に関して、コンピュータが人間に追き、追い越して仕事を奪おうとしているわけではない。しかし、人間が不得手なことを代替し、サポートすることはできる。コンピュータは人間が把握しきれない膨大な量の情報を忘れず、そして保持し続けることができるからだ。

ワトソン自身が持つ”創造性”は、そうした膨大な、決して忘れない知識データベースと自己学習の結果から、”先入観なく”生み出されている。そこから導き出された提案は、人間の限界を超えた新発想を生み出す手がかりとなるだろう。それこそがコグニティブ・コンピューティングの長所ではないだろうか。

生江シェフが「自分だけならば、決して生まれない素材の組み合わせがある」と話していたが、結果から言えばそこから生まれる料理は素晴らしい味だった。そこには生江シェフのノウハウは創造力も加わっているのだろう。しかし、シェフ・ワトソンが存在しなければ生まれなかった料理でもある。

生江シェフに、またシェフ・ワトソンと一緒に働いてみたいですか?と尋ねてみた。

「いいですね。二人がより良いレシピを模索して綱引きする中に、きっと新しい可能性が見えてくるでしょう。良い関係が築けると思いますよ」

本田 雅一 ITジャーナリスト

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ほんだ まさかず / Masakazu Honda

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジーとインターネットで結ばれたデジタルライフスタイル、および関連する技術や企業、市場動向について、知識欲の湧く分野全般をカバーするコラムニスト。Impress Watchがサービスインした電子雑誌『MAGon』を通じ、「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を創刊。著書に『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(ソフトバンク)、『これからスマートフォンが起こすこと。』(東洋経済新報社)。

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