「駐在武官」を機能させるために必要なこと 増員だけでは強化にはならない

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防衛駐在官が外務省に出向する現在のスタイルは問題が多い。防衛駐在官が重要と思うことを大使が重要と思わず、本国に送れられない、あるいは外務省から防衛省に送られないことが多々あると防衛駐在官経験者たちは証言する。

また予算の面でも問題がある。防衛駐在官には充分な予算が割かれていない。結果思うような情報収集ができずに武官仲間で情報交換をしたり、新聞の切り抜きをするぐらいが情報収集で、あとはたまに来る防衛大臣などのアテンドが主な仕事となっている。

防衛駐在官のスタッフも少なく、防衛駐在官が移動すると人脈の維持ができない。新任者は始めからやり直しになる。諸外国では何度も武官をこなす「プロの武官」が存在する。筆者はかつて日本語が非常に流暢なロシア大使館の武官から接触を受けていたが、彼は中佐時代に一回赴任した後、大佐に昇進してからも日本に戻っている。潜水艦乗りと自称していたが、情報畑の人間である可能性が高かった。

派遣されるのは「アマチュア」

我が国では防衛駐在官はキャリアパスの一つに過ぎない。つまり常に「アマチュア」が派遣され、個人にも組織にもノウハウが蓄積されない。先の南ア初代防衛駐在官である海老名二佐も防衛駐在官は初経験だ。初めて防衛駐在官を派遣する国には経験者を派遣するぐらいの配慮を行うべきだった。防衛省には、情報収集は継続は力なり、という意識が低い。これでは賽の河原で石を積むようなものである。現状ではまともな情報収集は叶わないだろう。

防衛駐在官の身分は外務省から防衛省に移すべきだ。その上で使用できる予算やスタッフを増やすべきである。防衛駐在官は夫人同伴のイベントも多いが、夫人に関わる費用(例えば旅費や和服を着た場合の着付け代など)は支給されない。また情報収集には領収書が必要ない経費も必要だが、これも殆どない。心ある防衛大臣は機密費から出された封筒に現金を防衛に渡すこともあるが、極めて稀だ。このため近隣諸国は勿論、国内を視察する予算も殆ど無いのが実情だ。防衛駐在官が使える予算は大幅に増額すべきだろう。

防衛駐在官が1名の場合には、補佐する副官的な尉官レベルも必要だ。人事異動をずらせば人脈の維持もできる。継続して防衛駐在官を続ける「プロの防衛駐在官」を育てるべきだし、情報を分析する専門スタッフも必要だ。これには防衛省以外の外部の人間、現地に詳しい現地採用の日本人や現地人、また現地に詳しい学者などを採用してもいい。更に防衛技術に関する専門家も必要だ。仏国防省はDGA(防衛装備庁)の武官を主要国に配している。我が国もこれを見習うべきで、新たに設立される防衛装備庁から武官を派遣することなども検討すべきだ。

そのためには、キャリアシステムも変えなければならない。諸外国の事情に明るい幹部(将校)が出世できるような人事システムをつくるべきだし、外語大の学生など、語学に明るい学生を一定数防衛駐在官予備軍として幹部(将校)採用すべきだ。

防衛駐在官は現状夫人同伴が原則である。だが自衛隊でも独身、あるいは離婚して独り身の幹部は少なくない。語学ができて、情報のセンスがあり、妻帯者であるという条件では防衛駐在官のリソースが極めて限定される。女性幹部を含めて「お一人様」防衛駐在官を増やすことも検討すべきだろう。

我が国は他国のような諜報機関をもたない。その分情報収集ではハンディがある。であれば、なおさら防衛駐在官のような、公然手段を通じた情報収集に力をいれるべきだ。だが実情はむしろ他国より公然的な情報収集能力さえも劣っている。

正しい情報がなければ正しい判断はできない。昨年以来情報強化の見直しが進んでいるが、防衛省・自衛隊は更なる対外情報収集・分析の強化を図るべきだ。そもそも論で言えば政治家にもそのような意識が低い。政治が明確なオーダーを出さないからこそ、防衛省も情報収集に力を入れないわけだ。その意味ではまずは政治家のインテリジェンスに対する意識の変革が必要だ。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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