台湾で吹き上がる「反中感情」より強烈なもの 統一地方選で国民党惨敗。裏の敗者は中国?

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そしてもう1人は、台湾企業「ホンハイ」の郭台銘会長だ。中国国内に巨大工場をいくつも有し、iPhoneやノートPCなどの生産を大量に請け負い、世界最大のOEM企業として15兆円に迫る年間売上高を稼ぎ出している。彼の共産党首脳との太いパイプはよく知られており、中国市場の安価な労働力を存分に活用できる特権的地位が与えられてきた。

しかし、政治、経済の両輪とも言えるこの2人の危機感あふれるアピールにも、台湾の有権者は反応しないどころか、かえって「中国の手先がまた何かを言っている」という冷淡な受け止め方が目立った。

つまり、たとえ中国が台湾の政治・経済エリートを利益絡みでいかに取り込んで「親中派」勢力を巧みに作り上げていったとしても、このような全国規模の民主主義的な選挙に与える影響力は限定されることが証明されたのである。要するに「カネで人の心は買えない」ということであろう。

これこそが、台湾における直接選挙の最大の意義であろう。この民意という「最強の盾」がある以上、中国がいかに経済力や軍事力の規模において台湾を圧倒したとしても、台湾の人々の意思に反して台湾を中国のものとすることはできないのである。

中国の描く「シナリオ」はつまずいた

このことは、習近平指導部にとって極めてやっかいな課題を突きつけている。昨今、習指導部は「中華民族の偉大なる復興」を国家目標に掲げている。「復興」が目指すのは中国の領土が最大化した清朝末期の状態であり、日清戦争で日本に奪われた台湾や、アヘン戦争で英国に奪われた香港が「中国の大きな懐」に円満に復帰することが欠かせないパーツであると見られるからだ。

しかしながら、この半年ほどの間に起きたことは「偉大なる復興」とは正反対の方向の出来事ばかりであった。3月には台湾で中国とのサービス貿易協定に反対した学生・民衆が立法院を占拠する「ヒマワリ学生運動」が起き、8月には香港で中国に抗議する「雨傘運動」が勃発して香港中心部が長期間にわたって占拠された。そして、この台湾での「変天」(世の中が変わる)と呼ばれるほどの国民党の大敗北。

これらの一連の事態を、単純に反中行動と解釈するべきではない。それよりもむしろ、自らの未来を自らが決定する「自決」を求める人々の欲求とつながっており、中国が信奉する共産党独裁のエリート統治システムという価値観そのものに対する拒絶に等しいので、単純な反中感情よりも、実のところ、はるかにやっかいで根の深いものであると思える。

2008年の馬英九政権の誕生以来、雪解けと関係強化が進んできた中台関係は、この選挙によって停滞期に入ることになるだろう。少なくとも、2016年の次期台湾総統選まで、中国は身動きが取れなくなったわけだ。その間、中国は中国と距離を置く民進党政権の誕生に備えて、新しい台湾政策を練り直さねばならない。それはとりもなおさず、国民党への強いサポートによって、中台関係の果実を台湾社会に実感させ、「国民党の一人勝ちの長期化→中台関係の安定化と緊密化による中台一体化→統一へのスムーズな移行」という中国のシナリオのつまずきを意味する。

次期台湾総統選の結果を見ない限り、そのシナリオが完全に破綻したとは即断はできないが、少なくとも、今回の選挙の「裏の敗者」が中国であることは間違いないだろう。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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