部下にものを尋ねると、部下は成長する 経営者が威張るのは損

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それらの質問に、つねに明確に答える、正確に答えるということは、凡々たる私には出来るはずもない。「わかりませんから、調べてご報告します」と言って、後日、説明することが多かった。

松下が、その新聞記者の「松下さんは、『衆知経営』を大切にされて、実践されているようですが……」の質問に、冒頭のように松下が答えるのは、だから、私にとっては、耳新しいことではないし、松下の側近として仕えた先輩諸氏が、この場にいれば、いまさらの質問といった感じを持ったであろう。

松下はなぜ尋ね、聞くのか

松下は、毎朝、お薄(おうす=薄茶)を飲んでいた。日付は、ハッキリしない。そのお薄を飲みながらのとき、「尋ねること、ものを聞くこと」の意義めいたことを、メモを見ると、私が雑談で持ち出したようだ。そのときの、松下幸之助の話である。

「昔、わしが、船場で商売の修業をしとったということは、きみ、知っとるわな。自転車屋さんで、商売の勉強をしたわけやけど。勉強といっても、教科書なんかないわけや。仕事しながら、番頭さんや、先輩の人に、時として頭こずかれ、叱られながらやっていた。特別につらいという覚えはないけどな、そのとき、どういう気持ちであったかは、今では自身でもわからんね。けど、そうしながら商売というものが身についたんやね。

わしは、学校は小学校4年中退や。まあ、勉強、してへんわけや。だから、いろいろなことを、人に教えてもらわんといかんかった。わからんことばかりやからな。それで、わかっている人に聞く、自然にね。それで、店を始めるようになっても、従業員に尋ねたり、また、いろんな人の話に耳を傾けたり、そういことになったと思うな。

けど、ものを尋ねるということは、指導者、経営者にとって、こんなええやり方、得なやり方はないわな、早い話。

けど、一般的に指導者、経営者の人たちも、わかっておるのやろうけど、実際にやってる人は少ないようやね。指導者として、経営者として、偉くみえるようにしておかねばならんと。まあ、そういうことを考えておるわけでもないやろうけど、部下の人より、賢いところを示さんといかんというような、そんな態度をとる人が、どちらかと言えば多いな。けど、そういう態度を取ったら、損なんや、本当はね。

指導者、経営者にとっていちばん大切なことは、威張ることでも、部下に賢いところを見せることでもない、会社を発展させる道を見つけ出すことや。そういうことで、尋ねることによって、松下電器は発展したんやな。

うん、部下に、ものを尋ねると、また、部下が成長するしね。勉強するようになる。そうなれば、ますます会社全体が発展するというわけや」

部下に尋ねることのメリットは、ここでの記述以外にもあるが、このことについては、稿を改める。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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