(第47回)脳ドック受けますか?(その1)

山崎光夫

 知人が手にしびれを感じてMRI[核磁気共鳴画像法(かくじききょうめいがぞうほう)]検査を受けた。紹介されたのは名のある大学病院だった。
 担当は脳外科の教授である。
 脳の細い血管に小さな瘤(りゅう。こぶ)が見つかった。

 診断は、
 「いずれ破れるかもしれないが、破れずそのまま一生を終えるかもしれない」
 それはわからない、という。

 還暦を過ぎたばかりの60代前半。80歳まで生きたとして、あと20年を、いつ破れるかとひやひやして生きなければならない。
 瘤のある場所は脳の表面ながら、破れたなら、一時期、半身不随になるらしい。リハビリは必至になる。脚の股からカテーテルを差し入れて治療する方法は、細い血管の先のほうにできた瘤のため不可能だった。つまり、開頭手術以外に方法はない。教授は、手術をする、しないは患者の決めることだと言った。

 瘤がもっと大きければ迷うことなく、手術をすすめるという。だが、瘤は小さい。
 担当教授は、そのうえで、
 「手術をすすめます」
 と言った。

 知人は困った。迷った。手術となれば、頭蓋骨に穴を開けるのである。穴を開けることを考えただけでも怖いのに、もし他の部分を傷つければ、後遺症は半身不随ではすまない。

 患者が現在罹っている医者の方針に疑問や不審を抱いたとき、他医の見解を聞く、セカンドオピニオンの方法が近年、日本でも珍しくなくなっている。このセカンドオピニオンに案外気軽に応じてくれる医者もいるにはいるが、まだ少数派だろう。
 というより、患者としては、
 「他の先生の意見も聞いてみたい」
 とはまだまだ言いにくい。  先生の気分を害するのではないか、信頼関係が崩れるのではないか、などと患者のほうはあれこれ考えてしまうものである。

 知人もセカンドオピニオンには慎重である。
 なにせ、相手は大学教授である。
 「何を今さらセカンドオピニオンでもあるまい」
 と圧力をかけられそうだ。教授にしてみれば、私の診断は“ラストオピニオン”という自負がある。
 「検査を受けなければよかった」
 とは、知人の偽らざる本心である。
 末端の瘤など診断されなければ、知らぬが仏で天下泰平に暮らせたはずだった。知人は明らかに“検査病”である。
 知人は、設定された手術日をカレンダーで眺めながら、今なお、セカンドオピニオンをすべきか否かを迷っている。

 この経緯を親しい医者に話したら、
 「オレは脳の検査は受けない」
 と即答した。
 「だってもし梗塞や腫瘍が見つかったらどうする」
 見つかるのは怖いし、手術も怖いのである。
 彼は、最近、午後の診療の最中、必ず頭痛がするようになっている。それも同じ場所が痛くなる。
 「検査すれば、必ず、何かありそうだ」
 という。
 わかっていながらMRI検査は受けない。
 もし倒れても、そうなったまでという。
 最新検査機器の検査は、受けないでいるのも心配だが、受けたら受けたで人を悩ませる。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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