今年の「ノーベル経済学賞」を解説する:下 ティロール教授、授賞までの軌跡

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今回のティロール教授のノーベル賞受賞への布石は、5年前に打たれていたことも紹介しておきたい。ストックホルムにある経済学の伝統校ストックホルム・スクール・オブ・エコノミクスは、2009年9月に創立100周年記念として、世界中から有名な経済学者を集めた研究会を開催した。参加者には故ゲリー・ベッカー(シカゴ大学)、アビナッシュ・ディキシット(プリンストン大学)、ジャン・ティロール(トゥールーズ第1大学)、アーンスト・ヘファー(チューリッヒ大学)、アーミン・フォルク(ボン大学)ほか、多くの学者が一同に集まり、「人間の本性と経済的インセンティブ」というテーマで議論をした。

私もちょうど研究休暇中で、ストックホルムに滞在しており、ティロール教授に誘われて参加した。この研究会を組織したのが前述のエリクセン教授であった。このとき、ティロール教授はノーベル経済学賞のスポンサーであるスウェーデン中央銀行であるリクス銀行でもセミナーを行った。ノーベル経済学賞選考委員であるエリクセン教授の前で論文の発表をしたのだ。その場に立ち会った者として、ティロール教授がノーベル経済学賞を獲得することを確信した瞬間であった。

ティロール教授は一橋大学の名誉博士

私は、実証研究者ではあるが、金融分野に関しては理論的にも制度的にも高い関心があり、その分野でのティロール教授の研究に引かれて、2冊の彼の著書を翻訳してきた(『銀行規制の新潮流』『国際金融危機の経済学』)。

私にはそれぞれ非常に刺激的な内容で、翻訳を通して多くのことを学んだし、多くの日本の読者にティロール教授の考え方を紹介できたことは喜びでもあった。また、ティロール教授の金融分野に関する研究は、各国中央銀行のみならず、ヨーロッパ中央銀行(ECB)、国際決済銀行(BIS)、国際通貨基金(IMF)などでの政策議論や、リーマンショックに端を発する金融危機後の国際機関の制度設計にも強い影響を与えていることを付言しておきたい。

ティロール教授と私はエコノメトリック・ソサエティの年次総会などで頻繁に会うようになり、話をしていくうちに意気投合し、一緒に旅行したり、家庭に招かれたりして、家族ぐるみの付き合いをするようになった。年齢も近いので、気楽に付き合えたのかもしれない。

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