(第45回)未病薬を健康生活に活かす(その3)

山崎光夫

 「上工(じょうこう)は未病を治(ち)す」
 これは漢方の世界で古くから言われている言葉である。
 優秀な医者は、患者が罹りそうな病気をあらかじめ察知して、患者を病気にさせないものだという意味である。
 この発想では、病気になった患者=既病者を治すなどは当たり前であり、格下の医者とみなされている。

 「眠れない」
 「熟睡感がない」
 「すぐ目がさめてしまう」
 こうした不眠の症状は現代人に多発している。
 特に、高齢者では当たり前のように不眠に陥っている。

 以前、深夜のラジオ番組に出演したとき、ディレクターからきいた話では、聴取者、最近は、「リスナー」というらしいがーー、最大のリスナーは高齢者だという。その高齢者の聴取パターンは、大きく二つに分かれ、一つは、午後9時前後に寝て、午前2時~3時ころに目が覚めて枕元のスイッチを入れるタイプ。もう一つは、逆に午前1時か2時ころまで聴いていて、それから眠るタイプだという。
 高齢者で午後10時ころから朝の6時ころまで、まるまる8時間を眠れる人はめったにいない。このため、深夜放送は絶対なくならないらしい。

 ひと昔前までは、深夜ラジオは若者の広場だったが、現在は高齢者のワンダーランドのようだ。
 「これからの時代、ますます存在意義が高まり支持される」
 とディレクターは話していた。

 さて、不眠症対策だが、現代薬では睡眠導入剤が一般的に処方される。十分管理され、その人にあっていれば、問題はない。だが、高齢者では、ふらつきによる転倒の危険性が高まるおそれがある。転倒による骨折から寝たきりへのパターンは避けたいものだ。

 不眠症に対し、漢方を未病薬として活かす方法を、健康保険がきくエキス剤処方に探ってみる。

 まず、酸棗仁湯(さんそうにんとう)が広く一般向けとしてあげられる。寝つきが悪い、眠りが浅い、夢をよくみる、物忘れやめまいがありイライラする、などといった症状に適用される処方である。

 帰脾湯(きひとう)も普通の体力のある人に恰好である。夜間に不眠があり日中に眠けがさすタイプの昼夜逆転の傾向が見られる場合に用いられる。

 この帰脾湯で使われている生薬は気の働きを活発にする薬剤が多いので、食欲の増進や気力の充実、免疫力の向上なども期待できる処方である。

   ただ、漢方薬で不眠傾向に対応する場合、現代薬のような即効性はない。したがって、寝る前に飲む必要はない。日頃、不眠気味で眠りの質を良くしたいという向きに試してみる価値がありそうだ。眠りの質が深まるなどの変化が実感できれば、未病薬として利用する理由は高まるだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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